へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

雨上がり秋の浅間大社散策 2016.9.25

9月になって台風が続き、おまけに秋雨前線が停滞して鬱陶しい天気が続きましたが、長雨がやっと上がり久しぶりに富士山が顔を見せました。
ちょっと早起きして浅間大社を散策してみました。


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浅間大社祈祷殿前から見ると山頂に雲がまといついていますが、うっすら雪化粧しているのが見えブル道のジグザグもくっきりと見えます。ようやく秋めいてきました。



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浅間大社ふれあい広場の築山から見た景色です。青空の色も本当に久しぶり。



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神田川から富士山を望む。山頂には薄雲がまとい付いています。



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神田川から望遠で富士山を望む。
まとい付く雲も貴婦人のレースのようで、なかなか洒落ています。



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御手洗橋から見上げた空です。
秋空の雲もなんだか楽しげです。



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楼門前の境内風景で、右側木々の間に雲をかぶった富士山が見えています。
馬場からは、富士山がすっきりとは見えませんね。



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雨で出そびれていたので、彼岸花を見るのも遅くなってしまいました。
まだしばらくは見られそうです。


これで、いよいよすっきりした秋空が見られるかな。

少年老いやすく

富士宮まつりで露店が出なかった祭りは、平成54年だけです。
この年の祭りは「無形民俗文化財 富士宮囃子」という、富士宮市教育委員会制作の8弍撚茲砲盒然記録されていました。浅間大社への宮参り部分だけ抜粋して紹介します。


宮参りの行列が入って行く浅間大社大鳥居前にも、いつもなら露店が両側に並ぶ正面参道にも一切露店が見られません。
こんな祭りは後にも先にもこの年だけでした。


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平成24年11月3日宮参りの境内です。
このように通常の祭りには、沢山の露店が所狭しと境内を埋めています。


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この昭和54年の我が町内の曳き回しでは、露店が無くては境内も寂しかろうと浅間大社の了解を得た上で楼門前まで屋台を引き入れました。

この時のことは、37年経った今でも鮮明に覚えています。
西門の鳥居をくぐり石段を下りたのですが、引き綱を後ろに回して梃子棒で慎重に下ろしました。この時私はおおどを叩いていたのですが、なかなか屋台が前に進まないのにじりじりしていました。おまけに子供が屋台の横から「しっかり叩け」と生意気な口をききます。屋台が進まないのは、暴走を恐れて綱を持つ人たちが必死で後ろに引っ張っていたからでした。

ようやく馬場に下り楼門前に進むと、記念写真を撮るというので父親を呼びに家に走りました。
すっかり出来上がっていた父親を連れ、カメラと三脚をセットし撮るばかりにして屋台に飛び乗ったのがこの写真です。

この後正面参道を退出する際、石段を下るときの緊張が解けて気が緩んだ物か、太鼓橋の傾斜には誰も気付きませんでした。鏡池の太鼓橋のピークを過ぎると屋台は走り出し、石段を2段落ちて止まりました。この時私は鉦を叩いていたのですが、油断して帯を竹に結ぶのを忘れていて石段を落ちたショックで前に飛ばされました。
へたをすれば屋台から飛び出して、骨の1本や2本は折っていたかもしてません。
でも運が良いのか悪いのか、梁に頭をぶつけきんど二人の背中に落ちました。
骨は折らずに済みましたが、大きなたんこぶが出来ました。
ちょっとだけ暴走はしたものの、私のこぶを除いては他にけが人も無く屋台は参道を進みます。
大鳥居をくぐり商店街の手前まで進んでUターン。許可無く他所の区内に引き入れるわけには行きませんから、参道を戻りもう一度大鳥居をくぐり中道を西に抜けました。

大難をやり過ごしたところに、思わぬ落とし穴がある。
それをこの時、身をもって覚えました。

それから37年、当時のご老人はこの夜を去りましたが、当時青年だった方達の中には現在市の要職に就いている方も居られます。子供達も当時の自分より大きな子供を持つお父さんやお母さんになり、当時独身だった私にも1歳の孫が出来ました。

最近のことはよく忘れますが、若い頃のことは記憶にしっかりと焼き付いています。
振り返れば時の流れの速いこと、まさに「少年老いやすく」を今実感しています。



屋台、浅間大社に入る : へんぽらいの祭り談義

屋台、浅間大社に入る

今年富士山頂滞在で、山頂の警備をされていた方と話す機会があり、昔話を伺いました。
昔富士宮市の高校で何年か教師をされていたそうで、その当時の教え子達と今でも親交があるのだそうです。
その時代というのが暴力団とテキ屋の抗争で祭りに露店が出なかった頃との事。
そんな年があったのを思い出しました。

まさにその年の写真がこれです。
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昭和54年11月3日、湧玉宮本は露店の出ていない浅間大社楼門前馬場に、屋台を曳き入れて記念撮影をしました。いつもの祭りならこんな事は出来ません。境内には露店がひしめき、屋台が通れるような通路はありませんから。

おまけに境内馬場に入るには、西門鳥居の内側に石段があります。まずここを屋台で下りようとは、誰も思わないでしょうね。
でも、我が町内はこの屋台で石段を下りたのです。引き綱を後ろに回し、暴走しないように慎重に梃子棒で1段ずつ下ろしたのですが、後ろで必死に綱を引いたのでなかなか進みませんでした。
ようやく階段を下り、楼門前の馬場で記念撮影したものです。


この西門の石段は大正年間の浅間大社(当時は浅間神社)大改修で作られた物です。
西鳥居西側に土を盛り境内と区切ったと聞いています。西鳥居北側にあった第三分団詰め所前を下水道工事で掘った時、道路2メートルほど下に石畳が埋まっていたと工事業者から聞きました。
新たに出来た西鳥居から南の現在の宮町商店街まで続く坂道を「新坂」と呼ぶのは、このことに起因している物でしょう。

宮本大正4年大社馬場

大正4年に我が町内は「湧玉御幸」という新たな祭り組を作り、山車を新造しました。その時の記念撮影です。この写真も浅間大社馬場まで山車を引き入れていますが、それが出来たのは大改修前で西鳥居の石段はまだありませんでしたから。



100年後(平成27年)の記念撮影です。
集合

祭り組の変遷から名前「湧玉御幸」は「湧玉宮本」に変わりました。
でも大正4年に作られた山車の土台の足回りは現在まで引き継がれていますので、この山車にとっては100年目の祭りになります。
祈祷殿前まで引き入れ、踊りを奉納して記念撮影を行いました。
馬場に引き入れるには坂道を下りなければなりませんし、露店が出店していればとても通行出来ません。でも祈祷殿前なら、楽に入れます。



祭りの曳き回しをしていたのに露店が出なかったのは、私が祭りに参加し始めた昭和48年以降この54年だけです。当時私は28歳でしたから、この方とは歳が近いのかもしれません。
かなり先輩かと思ってましたが、失礼しました。


今年もいよいよ祭りの準備が始まりました。
10月になればお囃子の練習が始まり、祭り気分は徐々に盛り上がります。

祭りが終わるまで年寄りとしては常に目を配り気を配らねばなりませんが、それを楽しまなくては。


今年も好天に恵まれ、無事に終えられますように。



平成27年富士宮まつり中日曳き回し湧玉宮本-2 : へんぽらいの祭り談義

富士山頂滞在写真日記 総目次

富士山頂に滞在した10日間に撮影した写真と、ブログに投稿した記事へのリンク集です。

◎アルバムより(faccebook)

富士山頂にて 2016.7.19
 8年ぶりの富士山頂です。夕刻見た剣が峰の虹色のガスは、向こうから見ていたら御来迎に見えたんじゃ無いかな。

御来光から満月の出まで 2016.7.20
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この日は満月だったので、朝は御来光を撮影し夕方には満月の出を撮影しました。

富士山頂上滞在3日目 2016.7.21

富士登山 2016.7.26
翌日の奥宮竣功奉告祭を取材するために、この日は自力で登りました。
五合目の看板から奥宮の鳥居まで丁度10時間はかかりすぎだけど、天気が悪くて荷物も重かったので足の弱い年寄りだから仕方ないかな。

奥宮竣功奉告祭 2016.7.27
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富士山頂奥宮・久須志神社例祭 2016.8.15
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山頂で行われる例祭に参列する役員さんに同行し、取材しました。
1時間遅れで行われる久須志神社までの移動が、なかなかきつかったです。

お鉢巡りと台風接近 2016.8.16
久須志神社から奥宮まで反時計回りにお鉢を移動。
台風が接近していましたが、下界がよく見えました。

台風去って 2016.8.17
今度は時計回りにお鉢巡り。夕刻月の出を待つも、ガスに覆われ断念。

山頂の峰と満月の出 2016.8.18
朝から三島岳、朝日岳周辺を廻りお鉢の峰を見回しました。夕刻満月の出を待ちましたが積乱雲が発達しガスも出て、一旦は引き上げたのですが、雲の中から満月が顔を出しました。
この状態では星空や夜景は望めそうも無い感じでしたが、夜中に目覚めるとなんと!!

滞在最終日初めての好天 2016.8.19
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山頂滞在最終日で、いよいよ下山するその日です。
前日の満月が昇る頃は、雷鳴が轟き雲も空を覆っていました。
だから正直あまり期待はしていませんでしたが、2時半頃目覚めると外は皎々と月明かりが照らしています。撮影機材のリュックを担いで飛び出しました。
月明かりがあるとは言え星も意外に見え、下界の街明かりもしっかりと見えました。
白み始めた空から御来光が昇るまで、そして満月が沈もうとする雲海に富士の影が映るのも見届けました。
最後の最後に濃縮された時間をプレゼントされた感じがします。
ただただ感謝申し上げます。

◎ブログより

・7月19〜21日と7月26〜27日の滞在について

浅間大社奥宮
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富士山の八合目以上を所有する浅間大社の奥宮は、夏の登山期間のみ開かれます。 拝殿と本殿の改修が3年がかりで行われました。竣工祭が7月27日に行われます。 白木のまぶしい奥宮にどうぞお参り下さい。

剣が峰
富士山最高地点で、富士山測候所のレーダードームがあったところです。 富士山レーダーは役目を終えドームはなくなりましたが、あのドームを懐かしむ声もよく聞きます。

御来光
早朝晴れていれば、雲海の上に昇る朝日を見る事が出来ます。 この感動を味わうために登る人も多いと聞きます。

お鉢巡り
富士山の火口の縁をまわります。 天気の良い日なら、短い時間で周囲の景色を楽しめます。 裾野で一周することを思えばこれもなかなか素敵です。

満月
わざわざ富士山で月の出を見ようとは、誰も思わないでしょうね。 7月20日の満月が昇るのを、今朝御来光を見た場所で一人待ちました。

竣功奉告祭その1
奥宮前

震災による損壊以前と全て解体しての大造営完了後でどう変わったかの比較です。

竣功奉告祭その2
明治以来百余年を経た富士山頂奥宮本殿以下全ての社殿を解体しての大造営が竣功しました。 竣功奉告祭当日の記録です。

鳥居
風雨にさらされ長い年月を経た鳥居、鬼気迫ります。


富士山頂では水が貴重です。

郵便局
来年には奥宮建物に戻るそうです。

公衆トイレ
山頂の公衆トイレをレポート。


雨の登山はなかなか辛いものです。条件が許せば天気の良い日に登りたいもの。


・8月15〜19日の滞在について

下山報告

お鉢からの眺め
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 下界が晴れていれば、2時間足らずのお鉢巡りで富士山周囲のさまざまな景色を楽しめます。

満月の富士山頂
 満月が照らす富士山頂の風景です。

富士山頂満月の星達
 月が無ければ星は数え切れないほど天を埋めるそうですが、月の夜でも明るい星はやっぱり見えています。

御来光 星空から日の出まで
 いつもと違うのは満月の夜だったこと。オリオンが昇る頃、東の空は白み始めきれいな御来光が昇りました。

富士山頂から我が家は見える?
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 上が白尾山、左がイオン、下がテルモで真ん中は浅間大社です。

富士山頂の愛すべき怪獣達

山頂の雲

鳥の目で見る富士山頂

月夜の富士登山

富士山頂火口周囲の峰々

剣が峰と馬の背
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浅間岳

三島岳

駒ヶ岳

朝日岳

白山岳

久須志岳

成就岳

伊豆岳

富士山頂に水音を聴く


本日閉山

天女が口づけた - 御来迎の裏側

富士山頂満月の徘徊 その1 2016.7.20-21

富士山頂満月の徘徊 その2 2016.8.18-19



ビビ心境の変化

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暑さも去る彼岸に入り、おまけに台風接近で肌寒さを覚えます。
暑い時には寄りつかなかった猫も、人の傍に寄ってくるようになりました。

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今日は私の膝に前肢を乗せてきましたから、寒いのでしょう。

ビビがうちの子になって4年経ちます。
ちょっときついところがあり、母親とはなかなか馴染まなかったので折り合いの悪かった祖母の生まれ変わりか?とも思いました。そう言えばシラスが好きなのも祖母との共通点で、ビビが釜揚げシラスを夢中で食べる姿に、子供の頃行商のおばさんから試食を勧められた祖母が美味しそうに食べていたのを思い出しました。
そんな感じで母に寄りつかなかったビビが、珍しいことに昨日は母の枕元で寝ていました。
以前は母は離れで暮らしていたので馴染みが薄かったのが、最近母屋に同居するようになってやっと馴染んだのでしょうか。

秋雨で冷えを感じ、人肌の温もりが恋しかったのかな。
祖母の生まれ変わりでは無かったのかも。


ビビの大冒険 : へんぽらいの祭り談義

富士山頂満月の徘徊 その2 2016.8.18-19

富士山頂で迎えた2度目の満月は8月の18日でした。


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夕刻雷雲が頭をもたげ、月の出は絶望的な状況となりました。
いったんは引き上げたのですが、雲が覆い雷鳴が轟くその中で雲間に月が顔を見せました。



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雲の合間に月が昇りました。

雷鳴轟くこの状況では、星空や月明かり照らす夜景は無理かと半ばあきらめていました。

明日は下山です。
このまま雲が増えれば、前月のように星空も月明かりの夜景も撮れずにシーズンを終わる事になります。天候の回復を祈りつつ夜中まで休みました。



目が覚めたのが2時半頃、外を見れば月明かりが皎々とあたりを照らしています。
機材を背負って飛び出しました。


◎月明かりの富士山頂

雷鳴を轟かせていた雷雲は遠くに去り、頭上には星空が広がります。
下界の雲も薄らぎ、街明かりがきれいに見えます。
月明かりで山頂の風景もよく見えました。


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富士宮口頂上から登山道を覗くと、月明かりの中を登ってくる登山者のライトが見えます。




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月明かりに照らされた山頂奥宮




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月明かりの奥宮と星




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剣が峰に登る




◎月明かりと街明かり

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駒ヶ岳より満月と駿河湾を望む



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馬の背より満月と富士市の街明かりを望む



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三島岳より駿河湾沿いの街明かりを望む



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三島岳より沼津方面の街明かりと明け初める空を望む



◎月と剣が峰


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三島岳から剣が峰と満月と富士の街明かりを望む



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明け始めた空に剣が峰と満月を望む



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朝日が剣が峰にあたり満月が沈みかける雲海に影富士が映る



三島岳からの眺めは御来光が見えれば、影富士も期待出来ます。



富士山頂満月の徘徊 その1 2016.7.20-21 : へんぽらいの祭り談義

富士山頂満月の徘徊 その1 2016.7.20-21

7月20日の滞在2日目は満月でした。
この朝御来光を見た朝日岳の周遊道付近で満月の出を待ちました。

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月が雲海から昇りました。


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満月がいびつに見えるのは、満月のあたりの空気が上と下で屈折率が違うからです。



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ワイドで見れば満月も小さい物ですね。



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満月もここまで昇るとようやく丸く見えます。




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駒ヶ岳の鳥居越しに満月を見る。
天気がこのままなら夜景も楽しめると思ったのですが、少し薄雲がまとい付いているのが気になりました。




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空には星が見え、月明かりで景色も見え、登山者のライトが線を描く。
こんな天気を期待していたのですが、残念ながらそうは行きませんでした。




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午前2時10分、月明かりはガスがかかって今ひとつ頼りありません。
御来光までまだ3時間近くもあるので登山者の灯りはまだまだ遠くです。
下界の街明かりでも見えれば楽しいでしょうが、雲が蓋をしています。
雲の切れ間に見えるオレンジの灯りが、上の写真を撮ったシャトルバスの発着所水ヶ塚駐車場でしょうか。




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月明かりで夜目にも奥宮は見えるけれど、ガスに覆われた空に星は見えません。
月明かりがあってガスが切れれば景色も見えるかと思いましたが、月さえもガスで見えなくなったのでこの夜は徘徊を断念しました。


月夜が好天とは限らないけれど、月の出と夜景が少し見られただけでも良い方だったのかな。

8月18日の次の満月に望みを託しました。






富士山頂滞在記 御来光(日の出)と月の出 : へんぽらいの祭り談義

天女が口づけた - 御来迎の裏側

滞在初日のことでした。
夕食を終えた頃外を見ると、夕陽の中を忙しくガスが通り過ぎて行きます。
山頂に長く滞在する神主さんの「御来迎が見られるかも知れない。」との言葉に、外に出てカメラを構えて待ちました。
御来迎とは高山の頂上で太陽を背にしたとき、前面の霧に自分の影が大きく映り、その周りに光環が見られる現象で、阿弥陀仏が光背を負うて来迎するのになぞらえていうのだそうで、ブロッケン現象とも呼ばれます。


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太陽を背にガスが通り過ぎて行く東には影富士は見えるものの、ガスが薄いためか自分の影も光環もいっこうに見つかりません。


そうこうしているうちに夕陽は剣が峰の向こうに沈み、向こうから越えて来るガスにうっすら虹色の予感が。

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剣が峰を越えて来るガスは瞬時に形を変え通り過ぎます。



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その濃淡や形、光りの色などをしばらく楽しんでいました。



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天女が剣が峰に口づけたその瞬間です。

剣が峰を越えてきたガスに、夕陽が稜線の影を映し出しました。それが天女の顔に見えたのです。


自分がこの稜線に居てこちらを見ていたならば、これはまさに御来迎が見えたであろうという瞬間でした。

影富士側に御来迎こそ見えなかったものの、その条件を裏側から観察出来たのは滞在初日のなんとも洒落た歓迎でした。






富士山頂滞在記 剣が峰 : へんぽらいの祭り談義

本日閉山

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facebook仲間の神主さんから、本日正午をもって閉山となり奥宮も戸締めされるとの投稿がありました。いよいよ閉山と聞き、寂しい思いでいっぱいです。



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今年は10日間山頂でお世話になり、沢山写真も撮ることが出来ました。
心より感謝申し上げます。
滞在10日目の満月の未明に、撮りたくて撮れなかった数多くの写真をまとめて撮ることが出来たのは、単なる偶然じゃ無かったと思います。

まだ撮りたい写真もあったのですが、台風でまごまごしているうちに登山期も終盤。


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登山を断念したとたん、気の緩みからか足を捻挫してしまいました。


今年こそ登るんだと決意してから、8年前の囃子奉納登山の際下山で傷めた左膝、昨年秋から傷んでいた左肘、7年前から踏ん張れなくなった左足など登山の障害となる症状も多々ありましたが、登山を前に嘘のように消え失せました。
まるで申年小縁年、奥宮竣功などで賑わう富士山頂に誘われたみたいです。
そしていよいよ山頂を去るその日に、撮りたかった最高の景色を見せて貰いました。


滞在中、竣功奉告祭や奥宮・久須志神社の例祭なども記録し、山頂の風景なども見て歩きました。
以前浅間大社所蔵のガラス乾板を複写しポジデータに変換したことがありましたが、明治大正から昭和20年代くらいの写真の中に富士山頂の写真も多々見られました。
あらためてそれらと比較すると色々と興味深いものも見えます。

・昔の金明水や銀明水の脇には石で囲まれた小屋がありましたが、現在はささやかに鳥居と囲いぐらいです。
・三島ヶ岳(俵石)と書かれた写真の石も現在の富士宮口頂上から見られ、一部剥落した部分が見られる物のほとんど変わりありません。
・山頂火口周囲の山々を見れば、測候所が作られた剣が峰以外は特に変わりも無いようです。
・富士講盛んな頃と今のお鉢巡りとでは、巡る意味合いも違っているでしょうし、コースもより安全な所を通るようになっているようです。昔のガラス乾板に「外輪廻破石登攀」の写真がありました。
白山岳の剣が峰側に「シャカの割れ石」と呼ばれる岩塊があり、今ではお鉢巡りのコースから外れていますが、ガラス乾板撮影当時はこの外側を登っていたようです。白い登山装束の一団が険しい岩場をよじ登っているのが写っていました。


乾板の写真を紹介するには浅間大社の許可が必要ですが、昔の富士山頂と今の富士山頂の写真の対比も面白いと思います。

許可が得られたら整理してご紹介したいと思います。


今年撮れなかった物を撮るために、来年も富士山頂を目指します。





富士山山開き : へんぽらいの祭り談義

富士山頂に水音を聴く

何度目のお鉢巡りだったろう。
大沢崩れの源頭部から小内院に向かう途中で、下の万年雪の傍で興奮気味に話す声が聞こえました。

どうやら、水の音に感動し興奮したようです。


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この万年雪の雪解け水をシートに溜めて飲料水に利用していることは聞いていましたが、雪解け水が音を立てて流れていることはその話し声を聞くまでは想像もつきませんでした。



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火口棚に下り、万年雪まで回り込んでみました。
万年雪からシートまでパイプで水を導き、溜まった水を時々ポンプで送っているようです。


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多孔質の熔岩は水を透過しやすく、浸透して無くならぬようパイプやシートを使っているようです。


そっと水の音を聴いてみました。



あまりにささやかな音でしたので、増幅したものです。
荒涼とした火口に聞こえた水音で、なんだかホッとしました。



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山頂の植物と言えばこんな苔ぐらいなもので、湿気のあるような所で見かけます。



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山頂にはちょっと場違いな感じの青草が見られました。
剣が峰から一度火口側に下り、大沢崩れの源頭部に登る道の脇です。
人為的な感は否めませんが、8年前に登った時にもこの草は生えていました。



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8年前に撮影した写真です。 2008.7.27



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これも8年前ですが、奥にも青草の固まりが2個所ほど見えます。 2008.7.27


登山道脇のタデなども初めて登った昭和50年代と比べれば、高い標高まで見られるようになりました。樹木の生える森林限界は変わらないにしても、身軽な草は種を飛ばして富士山を徐々に登っているようです。


富士山に高山蝶が居ないのは、若い富士山はまだ氷河期を経ていないからだと聞きました。
富士山頂を高山植物が覆い高山蝶が飛び交うには、まだまだ気の遠くなるような年月が必要なようです。



お鉢からの眺め : へんぽらいの祭り談義

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