へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

楽しみとしての祭り(祭り囃子)

祭りの根本は祈りですが、祭り自体を守り伝えるために人は祭りの中に楽しみを取り入れて来ました。祭りを半ば口実に自分たちの楽しみとしてそれを行うことが、守り伝える大きな力になっています。



たとえばどんな楽しみ方があるのでしょう。



○楽しみとしての祭り囃子





・4日共同催事の一斉囃子




山車の引き回しには欠かせない祭り囃子です。

山車を曳く参加者を囃し立て、祭り気分を高揚させます。

昔狭い道で鉢合わせした際に進路を賭けて行った他町との囃子の競い合いなども、今では楽しみの一つで、この競り合いに勝つために囃子方は研鑽し腕を磨きました。





・浅間大社前4区の競り合い




祭り囃子の役割は祭りの場を盛り上げること。

聞く人に心地よさを与えることです。



創作太鼓との大きな違いは、祭り囃子は場を盛り上げるための脇役だということ。

囃子方は花形なのだけれど、あくまで主役は「祭り」というとても大きな生き物で、囃子はそれを心地よく動かす潤滑油のようなものと言えましょう。



これは誰でも経験できるというものではありませんが、同じメンバーで何年も繰り返しているうちに、個が消えて一つの囃子に解け合うという無我の境地になることがあります。あまりの心地よさに、このまま囃子を止めずにずっと続けていたいと思うほどです。

まさに忘我の境で、こんな時は全員がそれを感じているものです。

また、一度この経験をしたばかりに囃子から抜けられなくなる人は多いです。



たぶん経験できないからでしょうが、この境地を一度も経験しないまま囃子を止めていく方が多いように思います。最近は後継者育成もあって囃子方の数も多く、構成メンバーが流動的で、同じメンバーで繰り返すと言う機会自体が減っています。



そんな影響もあるのでしょう。

でも、その境地の寸前まで行きながらあきらめてしまうのは、山頂を目前にして山を下りるようなもので、何とももったいないと思います。



関連サイト

富士宮囃子と秋祭り
 富士宮囃子保存会公式サイト

ふじのみや美図   富士宮の祭り、富士山などを精細な写真で紹介。



伝統芸能の保存



祭りとともに守り伝えられてきた伝統芸能ですが、伝承を守り伝えることは祭りの活況期にはさほど問題になりません。

本当に保存が必要になるのは低迷期です。

このままでは貴重な伝承が途切れ廃れてしまうという危機感から、保存体制がとられた時にはかなりのダメージを負っていることもあります。

今が良いからと言って記録を怠れば、途切れた後に再現が困難になり復興のブレーキにもなりかねません。



富士宮囃子保存会が平成9年8月に発会しましたが、そんな思いから活動の方針を次のように決めました。



・相互に技術を高め合う。

・発表披露を積極的に行う。

・現状を記録に残す。



運営は会員である構成単位会の会費で運営します。

市からの助成は発会後最初の3年間だけいただきましたが、現状はありません。

逆に市からの助成が無くなったことで、民間の文化財団などのさまざまな助成が受けられるようになり、備品は年々充実しています。

助成を受けられる理由は静岡県の無形民俗文化財であることも大きいでしょうが、子供対象に囃子教室を開いたり、様々な機会に発表や披露を行っている実績も、大きくものを言っていると思います。





◎活動内容



・定例練習会

毎月2日ほど浅間大社境内で合同練習を行っています。



新年打ち初め

1月に浅間大社境内広場にて各区囃子方が交互に囃子を披露し、相互に親睦を深めます。





子供囃子教室

小学生対象の囃子教室を不定期に実施。





・発表

機会が有れば富士宮囃子をアピールするために出演しています。



写真は富士宮囃子が関東ブロックの郷土芸能大会に出演した際のものです。

祭り囃子は山車上で囃されてこそ祭り囃子、太鼓と人だけで曲を披露しても祭りの中の囃子の役割は伝えることが出来ません。

DVDに編集した祭の様子を映写しながら囃子を披露しました。



囃子の合間に解説付きの映像を流し、囃す間には祭りの情景を無音で背景に流しました。祭りの臨場感や迫力はかなり伝わったものと思います。







最後の三本締めには会場も加わり、無事に発表を締めくくることが出来ました。





富士宮囃子保存会では「富士宮囃子と秋祭り」というwebサイトを作り発信しています。

祭りの紹介はもちろんですが、こつこつと集めた祭りの資料や写真などを盛り込んだ、調査報告書にもなっていますので御覧いただければ幸いです。



・関連サイト

ふじのみや美図 富士宮市の祭りや富士山などの精細な写真満載です。

フリー素材「千社札」データ

祭にっぽん」で提供している千社札用フリーデータの紹介です。

名前を入れて使います。



以前「でじたる工房」でネット通販していた千社札シールのデータを縮小したもので、解像度が低いのでプリントしても名前シールぐらいにしか使えないかもしれませんが、でもSNSのプロフィールなどに使えば目立つこと請け合いです。





絵入り



使用例です。

取り込み用ページからお好きな画像を選び保存します。

グラフィックエディタなどで江戸文字や篭字など太めの書体を使用して文字を描き、白く縁取ります。








左は某SNSでプロフィールに使用しています。



昨今、社寺に貼られる千社札を真似たシールが、著しく美観を損ねています。

ネット通販を止めた理由も、そんな場面を目の当たりにしたからです。



もしシールに作られるようでしたら、ご自分の持ち物に貼る程度にしておいて下さいね。

当事者の視点-2


5月5日に富士山本宮浅間大社で行われる流鏑馬祭に奉仕する、流鏑馬保存会会員としての視点です。





古式流鏑馬で馬場を疾駆する馬



古式流鏑馬は馬場に走路の埒がまだありません。本乗りで続けざまに走る馬はかなりの迫力があります。体すれすれを駆け抜ける馬を捉えられるのも柵内で警備する保存会員ならでは特権。





小笠原流流鏑馬



流鏑馬の的中のその瞬間を間近で捉えられるのも、柵内で警備する流鏑馬保存会員ならではの特権。



浅間大社流鏑馬は富士宮市無形民俗文化財に指定されています。



関連サイト

浅間大社公式ページ

ふじのみや美図



当事者だけの視点


祭りに参加している当事者ならではの視点があります。

たとえば山車の屋根方です。






登山道に整列した山車を山車の屋根から撮影






西門通りに整列した山車を山車の屋根から撮影  






2対2の競り合いを山車の屋根から撮影



山車の中から囃子方の視点。



登山道を進む一行





競り合い後の和議




 

囃子方は競り合いには間近に相手の囃子方と向き合うわけですが、撥や笛を置いて写真を撮るわけにも行きませんから終わってからになります。



ひと味違う臨場感溢れる写真を撮ることが出来るのも、現場で立ち会える当事者ならではのこと。

そんな写真が埋もれているとしたら、なんとももったいない話だと思います。



祭りを紹介する時に、1枚の写真は多くの言葉に勝ります。

写真が公開されることで、その祭りが世に知られるようになり、

印象的な写真であるほど人の心に強く残ります。



慣れ親しんだ祭りを少しでも多くの人に知って貰う。

そのためにはインターネットが有効です。

熱意さえあれば、世界に向けて発信できるのです。



「祭にっぽん」には祭りサイトを登録・検索するコンテンツが満載です。

祭りの写真とコメントをアップする「投稿写真」というコンテンツもあり、どなたでも祭りの写真を投稿できます。



ご活用いただければ幸いです。



参考リンク(祭りの写真などを多用したサイト)

湧玉宮本の祭り

ふじのみや美図

富士宮囃子と秋祭り



 


祭りとは

字の示す意味






「祭」という字は「月」と「又」と「示」からなります。

「月」は「肉」の字から転じたいわゆる「にくづき」

「又」は手の形

「示」は空から下りてきた神が地上にとどまる時に

よりどころとする小さな神卓の形



つまり肉を台の上に捧げ持つ形がそのまま字になったものだと言われています。

(講談社現代新書 漢字の字源より)






供え物を奉じて祈る。浅間大社御田植祭


 

  疫病の退散、天変地異の鎮め、日々の平穏を祈りあるいは収穫や利益に感謝するといういわゆる神事と呼ばれる行いがこの「祭」という字の意味する原点なのです。

現在ではとても広い意味に使われ、商店街の売り出しまで「○○祭り」などと呼ぶように人集め、イベントなど広い意味合いを持たせて使われますが、祭りの根底にあるのは「祈り」なのです。





広義の祭り



1.神事に由来する祭り

・いわゆる神社や寺院をその主体または舞台として行われ、豊作や大漁、商売繁盛、疫病退散、無病息災、家内安全祈願、偉人の霊を慰める、またはそれらの成就に感謝して行われるもの。

・節句な どの年中行事が発展して行われているもの。

・それらに付随して行われる芸能や山車引き回しなど。



2.賑わい

・観光のために行われる祭事・イベント・フェスティバル。

・商いのために行われる企画・催し。



3.釣り用語

・釣りの仕掛けが絡み合うこと。(おまつり)



4.インターネット

・一部の電子掲示板などで、特定のスレッドが異常な盛り上がりを見せる状態。





※子供にとっては祭典時に神社境内に立ち並ぶ露店が

「おまつり」だったりします。








お祭りのデータベース










地元の祭りに長年関わっては来たけれど、近隣市町の人たちにさえあまり知られていないのに気付き、がっかりすることもよくありました。

そうは言っても祭りに関わり祭り好きを自称する私自身でも、近隣市町の祭りや催しをどれだけ知っているかと言えばせいぜい一つか二つ。

たしかに自分の関わる祭りには情熱を傾けても、他所の祭りに関わる人たちとの交流というものは案外行われていなかったと思います。



今回鳥取県が作成した県内の祭りや行事を網羅した祭り・行事データベースのようなものがあれば、祭り運営で相互に共感できる機会も増えるのでは無いでしょうか。

こういったサイトを全国都道府県で準備していただければ、祭り研究にも他所との交流にも大きな力になります。



「同じ思いで地元の祭りに関わっている人たちの交流の場が必要だ。」

そんな思いで「祭にっぽん」と言うサイトを立ち上げました。

先ずは地元の祭りを紹介するために、祭りを紹介するための登録と検索のcgiスクリプトを設置しました。

それがお祭りサーチです。

でも、「登録して下さい。」と呼びかけるだけではなかなか登録してもらえず、検索サイトで探しては自力でアップするのが日課でした。

きら星のごとく数多ある”祭り”を網羅するのは不可能です。

でもインターネットに祭りを紹介するサイトなら数は限られます。

こつこつと登録し、また登録していただいた祭り関連サイトはようやく1,000を超えました。

キーワード検索やカテゴリ検索などができ、人気ランキングなどもあります。

相互リンクサイトは画像を表示できますのでご活用いただければ幸いです。

袢纏の効能

袢纏の効能を知ったのは三社祭を始めて見た時でした。


新幹線の新富士駅が出来て間もない頃だから、ずいぶん昔。

東京駅での新富士駅オープンのデモンストレーションに富士宮囃子の披露で出演した時の事でした。


1 回目の披露が終わり2回目にはまだ時間があり、ちょうど三社祭が行われていたので浅草まで見に行きました。宝蔵門の近く参道脇で神輿が出てくるのを見ていたのですが、警備の警察官はけっこう口うるさく見物人を制していました。ところが、なんでなのか我々は出入り激しく動き回っていたけれど一言の注意もされなかったのです。 後で気付いたのですが、囃子披露の祭り衣裳のまま見物していたので、どうやら祭礼関係者と思われたようです。


 その祭りに直接関係はなくても、祭り見物に祭り衣裳を着ていく事は、見物になにかしら有利に働くのではないかと推測された次第です。



今年の神田祭でもそれを感じました。


 見物客やカメラマンで埋め尽くされた境内では、ファインダーを覗きながら撮影していたのでは、人混みの頭ばかりが邪魔なので、最低頭一つ分くらいは高い位置から撮りたいもの。

腕を伸ばしてノーファインダー撮影という手もありますが、フレーミングが思うように決まりません。あの人混みに脚立を持ち込む物もいますが、周囲にはかなりの迷惑を及ぼすものです。


神田明神拝殿前は、町会神輿の参拝以外は一般客も拝殿前まで行って参拝できるのですが、町会役員が拝殿前に並び、神輿がつけられてお祓いが済むまでは一般参拝客は立ち入りが規制されていました。制せられるのを見て、どかなければいけないかと思ったのですが私だけは注意されません。

同じ町内の揃い袢纏を着ていたからだと言う事に後で気付きました。


やっぱり、祭り袢纏や揃い衣裳はかなり有効な取材ツールなのだと、改めて確認した次第です。


いよいよ実りの秋、各地で行われる祭りの見学を計画されている方は、祭り衣裳や袢纏を持参されてはいかがでしょうか?


祭りが始まる






富士宮秋まつり 浅間大社前 4区の競り合い




昔サイトの掲示板に、こんな書き込みをいただきました。



祭りの引き回しをすべて終えて山車を小屋にしまう時、それを見ていた若者たちが声を上げて泣く。それがとても愛おしい。



また、囃子仲間にもこんな話を聞きました。



全ての祭りを終えて子供を連れ帰ろうとしたら、山車をしまってからだと言うので一緒にそれを見ていた。ふと気付くと子供は目に涙を浮かべている。昔の自分を見たような気がして、とても愛おしく思った。



この二つの話、どちらの思いもみんな同じなんでしょうね。



父親は多分子供を肩車しながら帰ったんでしょうね。嬉し涙を覗かれないように。

子供は肩車されながら「どうして祭りは終わってしまうんだろう」とつぶやく。



父親はなんて答えるんでしょう?

それが宿題のようにいつも頭にひっかかっていました。



私の町ではお盆が過ぎると、気の早い町内はお囃子の稽古を始めます。

夜毎聞こえる囃子の音に、心が浮き立つのは誰も同じでしょう。

いよいよ待ちに待った祭りが始まるという、ときめきがあります。



そうか、これなんだ。

1年中祭りを引きずっていたら、ときめきも感動も半減どころか無くなってしまいます。

新たなときめきを持って祭りを始めるために、長い休止が必要なんでしょう。



いよいよ私の町内も祭りの準備が始まりました。

今年も良い祭りが出来るように祈ります。





富士宮秋まつり 共同催事勢揃い





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