へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

お祭りのデータベース










地元の祭りに長年関わっては来たけれど、近隣市町の人たちにさえあまり知られていないのに気付き、がっかりすることもよくありました。

そうは言っても祭りに関わり祭り好きを自称する私自身でも、近隣市町の祭りや催しをどれだけ知っているかと言えばせいぜい一つか二つ。

たしかに自分の関わる祭りには情熱を傾けても、他所の祭りに関わる人たちとの交流というものは案外行われていなかったと思います。



今回鳥取県が作成した県内の祭りや行事を網羅した祭り・行事データベースのようなものがあれば、祭り運営で相互に共感できる機会も増えるのでは無いでしょうか。

こういったサイトを全国都道府県で準備していただければ、祭り研究にも他所との交流にも大きな力になります。



「同じ思いで地元の祭りに関わっている人たちの交流の場が必要だ。」

そんな思いで「祭にっぽん」と言うサイトを立ち上げました。

先ずは地元の祭りを紹介するために、祭りを紹介するための登録と検索のcgiスクリプトを設置しました。

それがお祭りサーチです。

でも、「登録して下さい。」と呼びかけるだけではなかなか登録してもらえず、検索サイトで探しては自力でアップするのが日課でした。

きら星のごとく数多ある”祭り”を網羅するのは不可能です。

でもインターネットに祭りを紹介するサイトなら数は限られます。

こつこつと登録し、また登録していただいた祭り関連サイトはようやく1,000を超えました。

キーワード検索やカテゴリ検索などができ、人気ランキングなどもあります。

相互リンクサイトは画像を表示できますのでご活用いただければ幸いです。

袢纏の効能

袢纏の効能を知ったのは三社祭を始めて見た時でした。


新幹線の新富士駅が出来て間もない頃だから、ずいぶん昔。

東京駅での新富士駅オープンのデモンストレーションに富士宮囃子の披露で出演した時の事でした。


1 回目の披露が終わり2回目にはまだ時間があり、ちょうど三社祭が行われていたので浅草まで見に行きました。宝蔵門の近く参道脇で神輿が出てくるのを見ていたのですが、警備の警察官はけっこう口うるさく見物人を制していました。ところが、なんでなのか我々は出入り激しく動き回っていたけれど一言の注意もされなかったのです。 後で気付いたのですが、囃子披露の祭り衣裳のまま見物していたので、どうやら祭礼関係者と思われたようです。


 その祭りに直接関係はなくても、祭り見物に祭り衣裳を着ていく事は、見物になにかしら有利に働くのではないかと推測された次第です。



今年の神田祭でもそれを感じました。


 見物客やカメラマンで埋め尽くされた境内では、ファインダーを覗きながら撮影していたのでは、人混みの頭ばかりが邪魔なので、最低頭一つ分くらいは高い位置から撮りたいもの。

腕を伸ばしてノーファインダー撮影という手もありますが、フレーミングが思うように決まりません。あの人混みに脚立を持ち込む物もいますが、周囲にはかなりの迷惑を及ぼすものです。


神田明神拝殿前は、町会神輿の参拝以外は一般客も拝殿前まで行って参拝できるのですが、町会役員が拝殿前に並び、神輿がつけられてお祓いが済むまでは一般参拝客は立ち入りが規制されていました。制せられるのを見て、どかなければいけないかと思ったのですが私だけは注意されません。

同じ町内の揃い袢纏を着ていたからだと言う事に後で気付きました。


やっぱり、祭り袢纏や揃い衣裳はかなり有効な取材ツールなのだと、改めて確認した次第です。


いよいよ実りの秋、各地で行われる祭りの見学を計画されている方は、祭り衣裳や袢纏を持参されてはいかがでしょうか?


祭りが始まる






富士宮秋まつり 浅間大社前 4区の競り合い




昔サイトの掲示板に、こんな書き込みをいただきました。



祭りの引き回しをすべて終えて山車を小屋にしまう時、それを見ていた若者たちが声を上げて泣く。それがとても愛おしい。



また、囃子仲間にもこんな話を聞きました。



全ての祭りを終えて子供を連れ帰ろうとしたら、山車をしまってからだと言うので一緒にそれを見ていた。ふと気付くと子供は目に涙を浮かべている。昔の自分を見たような気がして、とても愛おしく思った。



この二つの話、どちらの思いもみんな同じなんでしょうね。



父親は多分子供を肩車しながら帰ったんでしょうね。嬉し涙を覗かれないように。

子供は肩車されながら「どうして祭りは終わってしまうんだろう」とつぶやく。



父親はなんて答えるんでしょう?

それが宿題のようにいつも頭にひっかかっていました。



私の町ではお盆が過ぎると、気の早い町内はお囃子の稽古を始めます。

夜毎聞こえる囃子の音に、心が浮き立つのは誰も同じでしょう。

いよいよ待ちに待った祭りが始まるという、ときめきがあります。



そうか、これなんだ。

1年中祭りを引きずっていたら、ときめきも感動も半減どころか無くなってしまいます。

新たなときめきを持って祭りを始めるために、長い休止が必要なんでしょう。



いよいよ私の町内も祭りの準備が始まりました。

今年も良い祭りが出来るように祈ります。





富士宮秋まつり 共同催事勢揃い





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