子供の頃の祭りの思い出と言ったら、それは浅間大社境内を埋め尽くすたくさんの露店です。

秋まつりの屋台の引き回しにも1度だけ参加したことがありましたが、子供は太鼓に触れることも出来ず、屋台を曳いて踊りを踊るだけでしたので、とても楽しみにはなりませんでした。昭和30年代半ばといえば、丁度祭りの低迷が始まった頃でしたから、よけい印象に残らなかったのかも知れません。



小学校の行き帰りは露店のびっしり建ち並ぶ浅間大社境内を通ります。

と言うより家の向かいにまで鯛焼き屋が出ていましたので、祭りの中に住んでいるような物。

露店をひやかして境内を歩き回るのが何よりの楽しみでした。







成人してからの祭りの楽しみはお囃子で、屋台に乗って囃すことはそれは楽しい物でした。

幾多の危機を乗り越えて今まで祭りに関わってこられたのも、お囃子に出会ったからに他なりません。

楽しみを祭りの中に見つける人、作り出す人、そう言った人が居る限り、祭りは続いていくのでしょう。



過去、人出が確保できずに休止されたことが何度もありました。

それは仕方ないことなのでしょうが、実施する形にこだわりさえしなければ何かできたのではと思います。



易教の解説の中にこんな言葉があります。

「隣の大国ではお祭りに牛を供えるが、この小国の粗末だけれど心のこもった祭りにはとうていかなわない。」



突きつめるならば、どんなに粗末でも、たった一人になっても心のこもった祭りはできるんだという事。



祭りを心待ちにする子供が居るなら、どんなにささやかでもその子供のために祭りを続けていきたいと思っています。