数年前のニュースで、あの伝統有る京都の祇園祭でも山鉾への女性参加が容認されたと言う記事を読み感慨深い物がありました。





私の町内で女性の囃子を山車に乗せたのはかれこれ20年前になりますが、時の流れは歴史有る祭りにもようやく変化を起こさせたのでしょうか。



富士宮では屋台に芸者衆は乗せたけれど、山車に関しては女人禁制という傾向が昔からありました。

今でこそ女性も囃子方として山車に乗る事も多いですが、最初は女性を乗せるについては抵抗も多く、それを変えるには大きな衝突が起こることは目に見えていました。



20年ほど前のわが町内の状況と言えば、現役青年がわずかに5名。勧誘に歩いても居留守を使われるなどことごとく不発に終わるのは、昔青年だった青年後見の無頼のごとき行状の数々が嫌われたからに他なりません。

頼み込んでやっと出て貰った娘さんを後見が朝まで連れ回すという事件があってからは、年頃の娘さんの参加はお願いできなくなりました。

青年の5名というのもどん底の3名の頃中学生だった2名が高校を卒業して加わっただけ。事態は変わっていたわけではありません。



屋台を元の山車に復元したのも、青年主体の運営から区主体に切り替わる前でしたから手不足に拍車をかけ、かなりの重荷になっており、現役青年には明るい未来など何も見えませんでした。



そんなところに囃子をやりたいという女の子が現れたのです。

囃子は希望が有れば誰にでも教えていました。

先輩諸氏からは教えることには面と向かって文句は言われませんでしたが、女は山車には乗れないからと何度も釘を刺されました。

2年目か3年目には何とか囃子も物になり、なんとか乗せてやりたいと思うようになりました。



思えばあれは叛乱であったかも知れません。



神社の神主さんに相談すると、

「神事に於いて女人禁制の場所は厳としてあるけれど、神楽や舞には女性も加わっている。神様を祀る場所と囃子の場所をしっかりと区切るなら女性が囃子で乗っても良いのでは。」

というご意見をいただきました。

区の顧問でいらっしゃったお隣の先生には話をしましたが、「乗せるのか」と一言言っただけで了解していただきました。戦前の祭りで青年長を経験している方ですので、それがどれだけ重いことかは十分承知した上でのことです。



後見とトラブルになることは、こちらも承知の上です。

少ない青年で結束し覚悟を決めて、いよいよその日を迎えました。



続く