触れただけで倒れたという銀杏は、富士山の縄状溶岩の上で深く根を下ろすことも出来ず、周囲に根を広げることもままならなかったのだろうか。


 


同じような老木の倒れたのを見たことがある。


それは浅間大社境内、天神社隣の椎の大木だった。


早朝いきなり倒れ、浅間大社境内透き塀をかすめて少し破損させたと言うが、人や車には被害が及ばなかったという。


 



これがその椎の木の根本だ。


ちぎれて小さくはなっているのだろうが、周囲に張り出すべき根張りがあまりにも小さい。


すぐ下は縄状溶岩で深く根を下ろすことは出来ないが、広く根を張り出すにはスペースが確保できなかったのだろうか。


 



この老木の枝分かれした部分には他種の若木が着床していた。


 


幹の下部には枝が朽ちたような穴があり、そこに潜ろうとするヘビの姿も見たことがある。


上部は案外しっかりしているようだが、根や幹の下部では腐朽が進んでいたのだろう。


 


この木が倒れた一月ほど後に、少し西側の老木も倒れたそうだ。


その頃は浅間大社の神職も上級職が相次いで亡くなっており、まさに世代交代を思わせるものだった。


 


芯部が腐って空洞を生じた樹が、形成層が活発化することで空洞を覆い尽くし樹勢を盛り返すという話も聞く。


 



この老いたシイの大木は以前根本に人が入れるほどの芯部の腐朽による大きな空洞があったそうだ。ある時この空洞に誰かが火をつけ、腐朽部分を伝って上部に開いた多くの穴からも火を噴き出し消火にはとても手間取ったと、以前消防署に勤めていた役員さんから聞いた。


腐った上に火事に遭い、枯れるとしか思えなかったこの木が、なんと空洞を覆い隠すほどに樹勢を回復したのだという。


 この不思議を目の当たりにした氏子達が、この木を御神木に定めたという。


 


枯れた木が幼木のベッドとなり若木を育てる。


倒木更新、切り株更新という話を屋久島で聞いてきた。


 


半分死んでも半分生きているというような状態で、そこに根付いた若木が旺盛な生命力で生長していったら、元の木と融合して一つになることもあるらしい。


 


枯れそうだからと簡単に伐採するのも考え直し、危険がないようなら生かす方策を試みたらどうなのだろう。


 



信長の首塚と言われる西山本門寺の大ヒイラギだ。


枯死が危ぶまれたが、幹から生えた枝が勢いよく育っている。


樹勢を回復してさらなる年輪を加えて貰いたい。


 


昔読んだ易の言葉に「古楊ひこばえを生ず」と言うのがある。


枯れたと思った楊(やなぎ)の根元から新たな芽が生えた。それはとても目出度いということ。


実生の若木はすべてこれから幹や葉や根を伸ばし、少しづつ成長していかなければならないが、ひこばえはしっかり踏ん張った元の木の根がある。


その成長は比べものにならない。


 


簡単に新しいものに植え替えるというのが昨今の風潮だが、人よりずっと長くその地に生きてきた木を思い、見守ってやることも一つの方法ではないだろうか。