昔地元の青年長を引き受けた頃、現役青年団員は自分を入れてわずか3名。

それ以前からすでに組織としての体を為さなかったものだが、祭りになれば青年後見というOBが参加してくれて、町内で屋台の引き回しを行う事ぐらいは何とかなった。しかし事前の準備と片づけ、精算は現役青年の仕事だ。

現役で在宅で自由がきくのは私しか居らず、祭り衣裳の注文から広告などの寄付集めは私の仕事だった。おまけに子供への囃子指導まで背負い込めば、負担はかなりの物。

やらされているという意識にさいなまれる毎日だった。

 

祭りの当日の区民館前、遠くからお囃子が聞こえる。三々五々人が集まってくるが、区民館を見て皆怪訝な顔をする。そこはいつもの区民館で、祭りの準備が何も出来ていないのだ。

口々に騒ぎ始める。

「何で準備が出来ていないんだ!」

「青年団は何していたんだ!」

そして

「青年長は誰だ!!」

青ざめた。

頭を抱えてしゃがみ込み、どうしよう、どうしようと繰り返した。

 

はっと気付くと明けやらぬ朝の気配に、まだ薄暗い自分の部屋だ。

全身冷や汗にまみれながら、カレンダーでまだ祭りまで間がある事を確認し、胸をなで下ろした。そこまで追いつめられていた物だった。

 

自分は酒も飲めないのに、祭りに出た集団は祭りが終われば集まった祝儀を持って飲み屋に繰り込みどんちゃん騒ぎ。

やらされているという思いは常に抜けず、誰のためにやっているのかを常に考えた。

 

止めてやる。

青年長が終わったら、後の事は知らん。

つぶれる物ならつぶれてしまえ!

そう思っていた。

 

ある祭りでまだ小さな女の子が、祭り衣裳の着物を着せてもらって嬉しそうにしている。

「踊って見せて」とご婦人の声がかかると、おぼつかない振りで踊りを真似た。

その顔の嬉しそうな事と言ったら。

 

その時目から鱗が落ちた。

こんなにも祭りを楽しみにしている子供がいるのなら、この子らのために祭りをやろう。

それが転機だった。

 

放っておけば引きこもりになっていたかも知れないもやしっ子が、やっとその気になった。

そんな時に聞いたのが「昴」という歌だった。

「我は行く、青白き頬のままで」

そんな歌詞にとても共感を覚え、「昴」は愛唱歌となった。

 

ところがなかなか星を見る機会もなく、実際に「昴」という星座を見た事はなかった。

 

数年前の夏、流星群を写真に撮ろうと上井出まで出かけた。

最初頭上を覆っていた雲がいつか晴れ、富士山頂をわずかに覆うだけとなった時、その雲の中からキラキラとざわめくように星の群れが空に昇った。

 

それが昴だった。