人の一生はそれ自体一つの物語ではあるけれど、さまざまな成功や失敗多くの経験が語られぬまま消えてゆく事を思うと惜しくてなりません。
自分が生きた証を何かの形にに紡いで残せたらと思うに至りました。出来る事なら物語を一つ、そして歌を一つ。

以下は永年暖めてきた物語のひとかけらです。ご感想などいただければ嬉しく思います。
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奥さんが亡くなってからのマスターはなかなか立ち直れない。
店は一月閉めたままで、再開のめどは立たないで居る。
思い出の東京をさまよい歩いたものの、癒されるどころか寂しさが募るばかりだ。
なかば後悔しながら帰途についた。
身延線下り電車も富士では満席だったものが、富士宮を過ぎるとガラ空きとなった。
富士宮で降りずに乗り越したのは、もたれて眠る若い女性に亡き妻の面影を見たからだ。
声をかけて降りればいい。それだけのことだがそれでは惜しい気がした。
「そうだな。下部まで言ってみるか。」
所帯を持った時、二人で初めて旅行したのが下部だった。
日帰りで出かける事はあっても旅行の思い出は他にはなく、唯一の思い出の地だ。

「すみません。次で降りますので。」
声をかけるとようやく目を覚ましたが、寝ていた事に気付くと顔を赤らめた。
「あ、次は何処でしょうか?」
「下部です。」
「よかった。乗り過ごす所だったわ。」
駅に降り立ったのは数名、それぞれ宿の迎えに導かれて行った。
乗り越し料金を精算し、温泉街を川に沿って歩いてみる。
多少改築された宿も見えるが、ひなびた雰囲気は昔と変わらない。
足を止めたのは古びた旅館前。
名前までは憶えていなかったが、昔泊まったのはたしかにこの宿だ。
ここに泊まる。
夕食まで時間があったので浴衣掛けで付近を散策した。
宿に戻るとロビーのソファーに腰掛けぼんやりと暮れゆく外を眺めていた。
「電車では済みませんでした。」
振り返るとあの娘が立っている。
「あ、いやいや気にせずに。」
娘は軽く会釈して隣のソファーに腰を下ろした。
「友達と来るつもりだったんですけど、ドタキャンされちゃって。」
「彼氏ですかな?」
「友情より彼氏の方が大事だって。」
「若い方ならそれもしょうがないかな。
そうそう、あてて見せましょうか?」
「え、何を?」
「傷心旅行と見た。」
「なんで判るの?」
「若い時いろんな占いに凝ったものだが、極意は直感だと悟ったわけ。」
「直感なの?」
「易にも凝ったけれど、卦を立てているうちに出る卦が先に判ってしまうようになった。
で、この卦は誰が与えているのかって考えた時、自分自身の潜在意識だって思い至った。
それで考えたんだ。
精神的にも未熟で人生経験も乏しいまま占いを続ける事は、大きな間違いではないかってね。
それで占いは封印した。」
「それって若いときのことでしょ。
今だったら的確なアドバイスも与えられるんじゃない?」
「そうかも知れない。」
「私を占ってくれない?」
「占うまでもないよ。
あなたの持つ明るさは、もうそんなものは乗り越えている。
これからどの道を選ぶかはあなた次第だ。」
「ふうーん。」
「おじさんも傷心旅行ね」
「お、」
「図星ね。」
「あんたの直感も大したもんだ。」
「でも、もう大丈夫って顔に書いてあるわ。」
話している内にがたがたに緩んでいたネジが締まった。
どうやら店を再開できるかな。

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最後まで読んでいただきありがとうございます。
これは永い事暖めている「遠音 祭りが終わる時」という物語の一部です。
まだまだ荒削りな筋でしかありませんが、いつの日か一つの物語として完成させたいと思っています。

ここまで読まれた方、一言「読んだよ!」とコメントいただければ幸いです。