香代が訊いた。

 

「笑ったの?」

 

「ああ、不敵にニヤッと笑った。」

 

「そんなつもりはなかったが、そう見えたか。

 

びびっては居なかったが。そんな余裕があったのかな。」

 

「下駄を手に履いたのはなんで?」

 

「そうそうあそこはとうとう始まるかと思い、思わず奈津子を交番に走らせるとこだった。

 

喧嘩慣れした無頼漢に見えたぞ。」

 

「あれは、逃げ支度」

 

ビールをグイッと開けて

 

「あんな丸太ん棒まともに受けたら骨を折っちまう。

いくら逃げ足が速くても下駄ではさすがに勝手が悪いものさ。」

 

「ほんとかな?

照れてごまかしちゃダメだよ。」

 

「ホントはカウンター入れるのに拳固じゃ手が痛いからさ。」

 

そう言って楽しそうに笑った。

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てっちゃんがしばらく富士宮で暮らす事にしたのは、遙か昔の出来事にけじめをつけようと思ったから。

 

そう決めたのは御手洗橋を引き上げ、猫目家で語り明かした時の事だ。

 

「俺たちが祭りをやっていたあの頃は、たちの悪いただ酒目当ての荒くれ者が幅をきかせていて、そんな無頼を気取る者たちの溜まり場だったよなぁ。」

 

それを嫌って青年に入る物も無くなり、囃子が好きな物ぐらいしか残らなかった。そんな中で囃子方が比較的まともだったのは、囃子を教えていた親父が厳しかったからなんだろう。そんな無頼どもが酔いしれての乱暴狼藉が祭りのたびに繰り返され、そのたびに町内の反発も高まる。

反発が年々拡大していたところに流血のあの喧嘩騒ぎがおこった。

 

通りかかった他所の町内の青年と些細な事から口論に成り、悪たれどもが梃子棒振りかざして殴りかかった。

 

「それをてっちゃんが止めようとして梃子棒がそれ、看板をたたき落とした。その看板で俺の額が割れたんだ。」

 

「血だらけで気丈に止めようとしているまあちゃんを見て、悪たれどもも戦意喪失しその場は治まったんだが、」

 

「今度は常日頃から無頼どもを快く思わない人たちが騒ぎ出した。

 

区長だった親父が懸命に説得して回ったが、もう治まらなかったんだ。

 

突きつけられたのが、無頼の追放と祭りの休止。断腸の思いでそれを飲んだ。実際は無頼追放で人手が足りなくなって、休止せざるを得なかったんだがな。これで途切れたら祭りは出来なくなる。親父はそう思っていたんだろう。」

 

たしかに5年間の休止は致命的で、無頼はもちろんまともな青年達もあらかた出て行ってしまった。

 

「腹立たしいのはお袋さんが亡くなっててっちゃんが出て行ったのを良い事に、悪たれどもはもめたのをてっちゃんの所為にしてたんだ。」

 

「俺も祭り衰退の元凶って事か。」

 

「違うさ。あれは巻き添えと誤解だったじゃないか。」

 

「そうは言っても、その誤解を解かないまま郷里を後にしたから、今の青年の足を引っ張っているには違いないな。」

 

「その後、親父は気を取り直して子供達に囃子を教え、浅間大社への宮参りだけから始めた。」

 

子供が囃子をやれば、親は山車に乗せてやりたいもの。子供なら酒飲んで暴れる事も無いから、反対する理由も無くなり、それでも機が熟するのにはあと5年かかった。

 

新生の青年団に新たな若い者が加わったけれど、つきまとうのは昔の悪たれどもの所行。

 

「再開した当初は、酒も飲めないまじめな青年長が寄付集めでさんざん嫌みを言われて、かなり落ち込んでいたよ。」

 

中身がまるっきり変わったと言っても、10年、20年前の悪行は容易には印象からぬぐい去れないって事のようで、囃子の子供が青年に育ちようやく何とか形が出来てきたところで、祭りに対する偏見もやっと解けたようだ。

 

「気になるのは、親父が死んでから悪たれの生き残りが最近出入りするようになって、言いたい放題で若い者をあおり立てている事だ。武勇伝ばかり吹き込むので、復興の苦労を知らぬ若者達は染まりかねないんだ。」

 

「けん坊はどうなんだ?」

 

「あいつにはよく言い聞かせてあるからだいじょうぶだが、年寄りと喧嘩するわけにも行かず閉口しているらしい。」

 

せっかくいい形になったのに無頼ごっこに憧れるようになったら、それじゃ逆戻りじゃ無いか。今の若いもんに祭りを重荷として残すわけには行かない。

 

「後始末をしなければならないな・・・。」