近年教えもしないのに笛吹きが増え、私の居場所がなくなりました。
教えなかったのは別に笛吹きの座に固執したとか意地悪では無く、私の笛が教わったものでは無いからです。
地元町内の笛吹きに教えを請い、手ほどきを受け始めた所でその師匠が出奔してしまいました。
やむなく、菓子折を持ってあちこちの町内に笛を教えていらっしゃる名手の門を叩きました。
祭りが近づいたら声をかけるからとのことで、それを心待ちにしていたのですが、いざ声がかかった時、地元で中学生に囃子を教えている最中。
要領よく予定を割り振れば行けないことはなかったのでしょうが、それができずにとうとう行きそびれてしまいました。


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富士宮市教育委員会制作「民俗無形文化財 富士宮ばやし」より1/3富士宮まつりの解説と湧玉会による囃子演奏が記録されています。

Posted by 佐野 雅則 on 2015年10月5日

「囃子は盗め」と言いますが、盗む参考にしたのが富士宮ばやし保存会湧玉会の演奏が写っている8ミリ映画でした。
この映画を作る際に演奏を録音したカセットテープがあり、それをコピーして貰い耳コピーで旋律を覚えました。
邦楽の音名は判りませんからドレミに置き換え歌って覚えました。
指使いはまさに手探りで覚えたものですから、どれだけ違っているか冷や汗もの。
だから我流の笛を、教えることは出来ませんでした。
希望するものには笛を与えましたが一切教えることはせず、その代わり見て覚えるよう練習では休むことなく吹き続けましたので、その結果女子数名が笛を覚えました。

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今日の練習風景です。
女子とは言え、気管支の弱い年寄りよりはよっぽど大きな音がします。
おや?と思ったのは、二人で吹いている時高音を張り上げ長く伸ばす音が細かく強弱に震えることです。これの事かと思いだしたのが、昔年寄りに聞いた二丁笛のこと。
うちの町内では笛吹きは昔から貴重な存在で、二人一緒に吹くことはめったに無かったようです。
そのためかご老人に聞かされた二丁笛のことも、その素晴らしさを語る時には目を輝かせ、なかば伝説化していました。

笛玉のことは師匠の門を叩いた時に師匠の親父さんから聞かされました。
親父さんもやはり笛吹きで、昔頼まれて吉原の祇園祭に笛を吹きに行ったそうです。その時、笛玉を吹いたら地元の笛吹きがどうやって吹いているか目を凝らして見ていたと楽しそうに笑い、そして全曲通して笛玉で吹く事が出来たんだと自慢げに話してくれました。

先輩からも笛玉のことはちょっぴり聞いたことがありますが、具体的にはどんなものか良くわかりません。音の断続らしいということで、唇に力を入れて見たりもしましたが綺麗な音にはなりませんでした。

師匠が他所の町内に笛を教えた帰りに会所の前を通りかかり、外に居た私を見つけると立ち寄ってくれました。
「吹いてみな。」
初めての稽古です。
緊張しながら、言われるままにテープで覚えた笛を吹きました。
何を勘違いしたか、ろくに音も出せない中学生が一緒に吹き始めました。
邪魔をするなと拳骨をくれたい所でしたが、我慢して吹き終わると、
「すっかり盗まれちゃったなぁ。」
師匠はそう言って笑いました。
その時に笛玉のことを聞きました。
「舌を上あごに近づけ、息の通り道を狭めて吹くんだ。」
狭い所を息が速く通ると、舌が波打ち息が断続する。
ホイッスルのコルク玉が息を断続するから、
「ピリピリピリ」と鳴るのと一緒です。

師匠が「富士宮ばやしの笛今昔」でこう述べていらっしゃいます。
「今年の祭りには私は各区のおはやしを聞きながら西から東まで足を運びました。それをテープに録音して楽しく聴かせていただいております。惜しむらくは、遠くまで聞こえる笛の音、又玉入を吹く笛吹きが一人も無かった事がとても残念でした。」

それを読んで以来、綺麗な玉入れを吹くことが私の目標になりました。


理屈では判っても、綺麗で明瞭に断続させるのは難しいもの。
この歳になってやっと無理なく出るようになりましたが、今度は息がもちません。

何時の日か完璧な笛玉を吹き、それを記録に残したい。
私のささやかな夢です。