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久しぶりの富士山は朝はうっすらと冠雪していましたが、11時には雪はほとんど消えてしまい、かすかに窪みに残るぐらいでした。積もっては溶けを繰り返しやがて定着しますが、お祭りに雪化粧しているか否かは五分五分くらいかな。希望としてはやっぱり雪化粧が良いのですが。


富士宮市教育委員会が制作した8弍撚茵嵬餌無形文化財 富士宮ばやし」は、私にとっては特に思い出深い映画です。我が宮本区が協力したこともあり、私もいろんな所に顔を出しています。

以前8弍撚茲らVHSのビデオに落とした物をパソコンに読み込み、DVDに焼いた物もありますが、パソコンが代わるうちに最初に取り込んだデータの所在が判らなくなりました。3分割したデータのみが見つかりましたので、Youtubeにアップして誰でも閲覧出来るようにしました。
37年昔の祭りが映っているほどの古い映画ですが、学ぼうとする物には貴重な資料です。


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冒頭の解説部分を抜粋したものです。解説に続いて富士宮ばやし保存会「湧玉会」による演奏が記録されています。村山浅間神社で冬場に撮影されたそうで、背景の日陰部分には雪が映っていました。
撮影されたのは「富士宮キネマクラブ」の皆さんで、撮影時に会員の息子さんがこのお囃子を録音していましたので、その録音をコピーさせていただき、繰り返し聴いては手探りでお囃子の笛を覚えました。



宮参り

この年、昭和54年は暴力団とテキ屋の抗争により祭りに露店の出店が無かったので、境内の露店の賑わいを楽しむ人たちには寂しい物だったでしょう。宮参りの部分には露店の無い浅間大社境内を進む各区の行列が映っています。そして浅間大社拝殿前での式典と奉納囃子が続きます。



0き回し

引き回し部分を抜粋しました。
宮本区は山車に復元(昭和57年)する前でしたからまだ屋台で、神田区さんも山車の復元は同じ年でしたからこの年はやっぱり屋台です。神立区さんも当時は屋台でした。高嶺区さんは当時も今も屋台ですが、新しい屋台に代わっています。松山区さんも当時は屋台でしたが、その後以前持っていた山車を再入手し、屋台は城山区に譲られました。

長年自粛されていた競り合いが再び行われ始めたのがこの頃で、宮本区と松山区のシンプルな競り合いが記録されています。

締めくくりは踊り。この祭りには欠かせません。


山車屋台の新造などで、不要になった古いものを譲り受け祭りを始めたところも、それを改造したり新たな山車を新造したりして今では20区が引き回しを行っています。
54年の祭典実施区が10区だったことを思えば賑やかになった物で、37年という時の長さをしみじみと感じます。



少年老いやすく : へんぽらいの祭り談義