中日(湧玉宮本では最終日)の引き回しを終えて会所前に帰った際、囃子の先輩に会いました。
昨年会った際には病状の悪化が見て取れるほど弱々しく見えたのが今年はずいぶんと恢復し、明朗快活な昔の先輩に戻ったように思えました。

ふと思い出したのは、私がまだ現役の笛吹きだった頃のことです。
T字路の枝道だったから三区の競り合いだったと記憶していますが、まさに競り合いが始まろうという時にバッグを置き忘れたと言って山車に乗ってきたのが囃子の先輩。後にしてと言うも聞かず、競り合いが始まってしまい、仕方が無いのでしゃがんでいてくれと言って競り合いに集中しました。その間先輩は囃子場の中ほど少し後ろに胡座をかき、目を閉じて競り合いを味わうように聴いていました。

私が笛の手ほどきを受けたのが、この先輩でした。
囃子を始めたのはそれより数年前でしたが、この先輩が笛を吹くのを見たのはたったの数回。
当時は気まぐれな笛吹きのために、囃子はほとんど笛の無い状態。

それでも先輩が競り合いで笛を吹いた貴重な8弍撚茲残っていました。

昭和54年頃の松山区との競り合いで、松山の屋台上から撮られたものです。
宮本の屋台の中で笛を吹き、顔こそ見えませんが時折笛の音が聞こえます。
競り合いを終えての三本締めで、初めて画面中央の上辺に先輩の顔が見えました。


その後昭和57年に、屋台は山車に復元されました。
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笛を湧玉会の有賀さんにお願いしたのは、笛吹きである先輩がもう祭りに出ない状況だったからなのかな?先輩が競り合いで笛を吹いていた時代は競り合いが自粛されていた時代で、昭和50年頃から自粛緩和の萌しがようやく見え始めたところでした。

せっかく山車が復元されたというのに、山車での競り合いは経験することが出来なかったことは囃子方としてとても大きな心残りだったのでしょう。



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今回は競り合い前に山車を下りそびれて、こんなすてきな場面に出会えました。
元囃子方にとって競り合いの囃子場は夢の場所なのかも知れません。
今思えば、先輩が嘘をついてまで乗り込んできたのも判る気がします。

卒業を前に最高の経験が出来ました。


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こう言った記念撮影を撮るのも、今年が最後かな。



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お姉様方、お疲れ様でした。









湧玉宮本と湧玉琴平 : へんぽらいの祭り談義