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祖父の代から祭りには深く関わっていたようで、昭和初期の写真が残っている。
祖父と父と叔母であるが、三人ともすでに故人となってしまった。変色したとはいえ紙焼きしたものは、やはり大事にすることもあり、しっかりと残っている。

昨今の銀塩からデジタルへの急激な移行は、写真業界にも予期せぬほどの大きな影響を及ぼしている。撮影枚数が増えたことと、紙焼きしないでもモニタやテレビの大きな画面で見ることができること、不要なものは簡単に削除ができること、フィルム代や現像料を気にせずに多くのカットを撮ることができるなど、今までのアナログ写真になかった便利さがあるからだろう。

しかし、デジタルデータはいつ消滅するかわからないという危うさは、まだまだ実感されていないことだろう。かくいう私もその一人だった。何度かハードディスクのクラッシュで、データを失ったにも関わらずだ。
ハードディスクはクラッシュするもの。画像編集では内蔵メモリだけでは足りないので、ハードディスク上で画像データを頻繁に書き換えることから、画像編集に使うハードディスクの寿命は短く、私が始めた頃には1年ぐらいで壊れることが多かった。内蔵ハードディスクが500MBと今では信じられぬくらい容量は小さくよけいに負担が大きかったこともあろう。何度かそれでデータを失っている。

どうしても保存データは外部メディアに記録しておく必要があった。初期に使用したのはMO(光磁気ディスク)だった。メディアの寿命は半永久的というふれ込みだったが、3-4年もするとデータが読み出せなくなるという事例が頻発した。それがCD、DVDと変わっては来たものの、それとて何年もつものかは未知数だ。音楽CDでも古い物が劣化して、再生できなくなった例はよく聞く。

80年ほど前の写真が今でもしっかりと記録を残していることを思うと、デジタルデータはとんでもなく危うい。記録メディアやハードディスクは一瞬で壊れることもあり、起きたときには取り返しがつかないものだ。いつでも見られると思っていたものが、簡単に消滅してしまう。そんな危険を避けるためには、大事な写真だけでも必ず紙焼きすることだ。DP店で写真に焼くのもよし、顔料系インクジェットプリンタで出力するのもよし、とにかく物にしておくことが重要だ。

遙か昔に石に刻んだ文字が今日まで形をとどめていることを思うと、デジタルカメラの便利さの裏にある危うさは心しなければならない。
子供の頃の写真はみんなデータが消滅して、すり切れたようなプリクラしか残っていないなんてことが、実際に起こり得るのだ。

先日、ソフトがクラッシュした後、ここ2年分の貴重な写真データが消えた。編集の済んだ物は別のハードディスクに保存してあったので、まあよかろうと思ったら様々な催しの記録もweb用の縮小データしか保存されておらず、失った物の多さに顔色を失った。この2年間サイトで紹介するために駆け回って撮り溜めた多くの写真データが一部のweb用縮小画像しか残っていないのだ。
誤って削除されたデータの復旧を模索し、復旧ツールを探しては見た物の、RAID5で動くLANDISKとなると一筋縄ではいきそうもない。ハードディスクのクラッシュからデータを守るための方策が裏目に出たものだ。
業者に依頼するしかないかと思いながら、それでもと考えてみた。一瞬でフォルダが消えるのは考えにくい。ゴミ箱には見あたらないから、どこかのフォルダに誤って入ってしまったのではと考えてあちこち開いては見たが見つからなかった。最後の手は消えたフォルダ名でのコンピュータ内の検索だ。するとフォルダのエイリアスとともに、消えたフォルダを見つけることができた。通常表示されない.TrashesというLANDISK上のゴミ箱フォルダに入っていたのだった。
そのゴミ箱から元のディレクトリに戻すことで、消えたデータが一瞬で復活した。

デジタル化は世の流れ、逆らうこともできないがデータ管理には一層の慎重な管理が求められると痛感した次第だ。まして、業務のデジタル化ともなれば、撮影データの安全な長期保存は一番の課題だ。

大事な物を失わないためには、それを目に見える形にすること。
色あせた写真がそれを教えてくれているようだ。