へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

創作

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

遠音に目次をつけ、章ごとに読めるようにしました

遠音という物語をwebに発表しました。
原稿用紙100枚程度の創作です。
長年関わって来た富士宮まつりと富士宮囃子を題材に、祭りをいかに残し伝えるか、いかに関わりいかに個々の祭を終えるか考えてみました。

遠音 祭りが終わる時

遠音 祭りが終わる時 目次

目次にはジャンプ出来るよう章ごとにリンクし、簡単な解説をつけました。



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4.別れ解説より

墓参りした人は何に向かって祈るのだろうか、墓地?墓標?それともお骨?
墓標は標(しるべ)に過ぎず、お骨は抜け殻に過ぎない。
亡き人を極楽浄土や天国に引き上げてくれと神仏に祈るのか、亡き人を思い浮かべて語りかけるのか。

標が無ければ祈れない、という物でもあるまい。

死んだら無くなってしまうのだろうか、燃え残った骨(こつ)を遺して。
親交のあった人たちにはイメージが強く刻まれていて、何時だって思い出す事が出来る。
だから、誰かに思い出されるうちはまだ消滅していない。
実体は無くても、まだ存在しているんだ。

だから、君が思うとき、僕はそこに居る。
まだ消え去っては居ないんだ。



遠音 祭りが終わる時 発表

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長年暖めていた富士宮まつりを舞台にした創作で、笛吹きになれなかった男の、祭りに対する恩返しの物語です。
原稿用紙100枚ほどのお話を一気にアップしましたので、時間があるときにでも読んでみて下さい。
感想など頂けましたら幸いです。
シェアやフォローで広げていただけたら嬉しく思います。
http://maturi.info/archives/1594

遠音 ー 祭りが終わる時 その5 後始末

香代が訊いた。

 

「笑ったの?」

 

「ああ、不敵にニヤッと笑った。」

 

「そんなつもりはなかったが、そう見えたか。

 

びびっては居なかったが。そんな余裕があったのかな。」

 

「下駄を手に履いたのはなんで?」

 

「そうそうあそこはとうとう始まるかと思い、思わず奈津子を交番に走らせるとこだった。

 

喧嘩慣れした無頼漢に見えたぞ。」

 

「あれは、逃げ支度」

 

ビールをグイッと開けて

 

「あんな丸太ん棒まともに受けたら骨を折っちまう。

いくら逃げ足が速くても下駄ではさすがに勝手が悪いものさ。」

 

「ほんとかな?

照れてごまかしちゃダメだよ。」

 

「ホントはカウンター入れるのに拳固じゃ手が痛いからさ。」

 

そう言って楽しそうに笑った。

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てっちゃんがしばらく富士宮で暮らす事にしたのは、遙か昔の出来事にけじめをつけようと思ったから。

 

そう決めたのは御手洗橋を引き上げ、猫目家で語り明かした時の事だ。

 

「俺たちが祭りをやっていたあの頃は、たちの悪いただ酒目当ての荒くれ者が幅をきかせていて、そんな無頼を気取る者たちの溜まり場だったよなぁ。」

 

それを嫌って青年に入る物も無くなり、囃子が好きな物ぐらいしか残らなかった。そんな中で囃子方が比較的まともだったのは、囃子を教えていた親父が厳しかったからなんだろう。そんな無頼どもが酔いしれての乱暴狼藉が祭りのたびに繰り返され、そのたびに町内の反発も高まる。

反発が年々拡大していたところに流血のあの喧嘩騒ぎがおこった。

 

通りかかった他所の町内の青年と些細な事から口論に成り、悪たれどもが梃子棒振りかざして殴りかかった。

 

「それをてっちゃんが止めようとして梃子棒がそれ、看板をたたき落とした。その看板で俺の額が割れたんだ。」

 

「血だらけで気丈に止めようとしているまあちゃんを見て、悪たれどもも戦意喪失しその場は治まったんだが、」

 

「今度は常日頃から無頼どもを快く思わない人たちが騒ぎ出した。

 

区長だった親父が懸命に説得して回ったが、もう治まらなかったんだ。

 

突きつけられたのが、無頼の追放と祭りの休止。断腸の思いでそれを飲んだ。実際は無頼追放で人手が足りなくなって、休止せざるを得なかったんだがな。これで途切れたら祭りは出来なくなる。親父はそう思っていたんだろう。」

 

たしかに5年間の休止は致命的で、無頼はもちろんまともな青年達もあらかた出て行ってしまった。

 

「腹立たしいのはお袋さんが亡くなっててっちゃんが出て行ったのを良い事に、悪たれどもはもめたのをてっちゃんの所為にしてたんだ。」

 

「俺も祭り衰退の元凶って事か。」

 

「違うさ。あれは巻き添えと誤解だったじゃないか。」

 

「そうは言っても、その誤解を解かないまま郷里を後にしたから、今の青年の足を引っ張っているには違いないな。」

 

「その後、親父は気を取り直して子供達に囃子を教え、浅間大社への宮参りだけから始めた。」

 

子供が囃子をやれば、親は山車に乗せてやりたいもの。子供なら酒飲んで暴れる事も無いから、反対する理由も無くなり、それでも機が熟するのにはあと5年かかった。

 

新生の青年団に新たな若い者が加わったけれど、つきまとうのは昔の悪たれどもの所行。

 

「再開した当初は、酒も飲めないまじめな青年長が寄付集めでさんざん嫌みを言われて、かなり落ち込んでいたよ。」

 

中身がまるっきり変わったと言っても、10年、20年前の悪行は容易には印象からぬぐい去れないって事のようで、囃子の子供が青年に育ちようやく何とか形が出来てきたところで、祭りに対する偏見もやっと解けたようだ。

 

「気になるのは、親父が死んでから悪たれの生き残りが最近出入りするようになって、言いたい放題で若い者をあおり立てている事だ。武勇伝ばかり吹き込むので、復興の苦労を知らぬ若者達は染まりかねないんだ。」

 

「けん坊はどうなんだ?」

 

「あいつにはよく言い聞かせてあるからだいじょうぶだが、年寄りと喧嘩するわけにも行かず閉口しているらしい。」

 

せっかくいい形になったのに無頼ごっこに憧れるようになったら、それじゃ逆戻りじゃ無いか。今の若いもんに祭りを重荷として残すわけには行かない。

 

「後始末をしなければならないな・・・。」

 

 

遠音 ー 祭りが終わる時 その4 問答

どうやらいきり立っているのは梃子棒男一人らしい。

とすれば、ここは時間をかけて醒めさせるに限るな。

 

「物騒な出で立ちでうちの町内に何のご用かうかがいたい。」

 

「天下の大道を通るのに遮られるいわれはないはず。」

 

「祭りの三日間、祭りをやっている町内に祭り組が入るには、事前の連絡と許可が要るのを、まさか知らんわけではあるまい。」

 

「だからこそ袢纏を脱いできた。祭りの一行ではないからその必要はない。」

 

「ちょっとした用足しなら、袢纏を着てても咎め立てなど野暮はしないが、袢纏が無くてもダボに腹掛け股引とあきらかな祭り衣裳で、それに喧嘩支度で町名隠しとくれば、それこそ見過ごすわけにはいかない。」

 

「ならば、正式に許可を得たいので役員をここに呼んでいただきたい。」

 

いきり立つ梃子棒男にしては、今まで説得されていたのだからちょっと意外な展開だ。

 

「この夜更けに突然の申し入れとは、非常識にもほどがあろう。準備期間中に書面を添えて申し入れするのが筋合いだ。」

 

「緊急の用向きならば仕方なかろう。」

 

「ならば緊急の御用向き承りたい。」

 

「山車運行に使用する梃子棒があらかた破損した。材料を調達し明日までに準備せねばならん。見本を持っての買い出しだ。」

 

「この夜更けに押しかけられても店が困るだけだろう。急用ならなぜ車で行かぬ。」

 

「一日の祭りのあとだ。飲酒するなという方が無理。いくら祭りだと言っても、酔っぱらい運転では行けない。梃子棒も握りを加工しないことには使い物にならない。夜更けでも今行かなきゃ間に合わないのだ。」

 

「それにしては持参の梃子棒は別に痛んだ様子もないが、いったい何本の梃子棒を壊したものか。」

 

「うちは年に数十本の梃子棒を使う。」

 

「数十本を一日の運行で使い果たしたのか?」

 

「あるにはあるが、残っているだけでは心許ない。」

 

「ならば材料屋に届けさせれば良いだけの話。わざわざ他町を通って梃子棒を買いに行く必要も無かろう。」

 

年長者はじっくり間をおき慎重に言葉を選んでいるかに見えたが、本当のところはいきり立つ梃子棒を醒めさせるための時間稼ぎだった。

 

「梃子棒を専門に扱う所はない。まして梃子棒向きの太い細いがあるものなど不良品としてはねられるから、適当な物は自分で探さなければならない。」

 

「選んだら運ばせればいいだろうに、この頭数はどう言うわけだ。」

 

「一人2本なら持って帰れる。だから持ち帰って加工するためにこの人数で来た。」

 

押し問答もそろそろ種が尽きそうだという所に、ちょうど都合良くやって来たのは地元町内の若者。

 

「なにかありましたか?」

 

「なに、この夜更けに町内の通行をと申し込まれたので、用向きを承るには無理があると説得していたところだ。」

 

「祭典長も交渉長もとっくに会所から帰りました。」

 

「到底筋の通らぬこと故断固断わるのが本筋だが、一取り締まりの独断では気が済まぬだろう。多分家には帰っていないだろうが、居なかったら行きそうなところを覗いてみてくれ。」

 

走り出そうとする若者を呼び止め、懐から財布を出すと紙幣を1枚渡し耳打ちした。

 

「どうせ役員も捉まるまい。探すふりして帰ったらラーメンでも食って寝ちまいな。」

 

若者はふと気付いたように、袢纏を脱いで男に渡し走り去った。

 

「お!済まないな。」

 

走り去る若者に礼を言って袢纏を羽織り、こう言った。

 

「若いのが探しに行ったから、じきに来るとは思うがしばらくがまんしてくんな。」

 

物陰からは膠着状況にジリジリしながらマスター達二人が見守って居る。

 

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月齢は満月に近く、月明かりの下睨み合ったまま双方動かない。

このままどうなるのかと気をもんでいると、そこに現れたのはまさしく時の氏神だった。

 

「此処にいたのか」

 

どうやら青年たちの先輩格らしい。

 

「会所に差し入れを持って行ったら誰もいない。探したぞ。」

 

そう言うと、抱いてきた子供を梃子棒男に渡した。

 

「ホーラお兄ちゃんだ。」

 

眠い目をこすりながら抱きつこうとした子供が、若者の鬼のような形相に驚き、泣きながら父親の陰にかくれる。

 

「泣かすんじゃない!」

 

叱られた若者は狼狽し、いきり立っていたのもどこへやら。
言い出しっぺが腰砕けでは、一同これ以上突っ張る気分ではない。

 

「刺身が乾いちまう。行くぞ!」

 

促され、去る一団。

 

年長者がてっちゃんに歩み寄った。

 

「梃子棒は明日にします。申し入れは取り消させて下さい。」

 

「了解した。」

 

二人は顔を見合わせ笑みを交わした。

 

先輩格が言った。

 

「なにか不都合がありましたら私が承りますが。」

 

「いいや、何も起こらなかったのだから、何も無しだ。」

 

二人は一礼して去った。

 

橋の下流から現れた老人がてっちゃんに歩み寄る。

 

「有難うございました。おかげで無事に治まりました。」

 

「いや、手柄はあの小さな子どもです。
自分は通せんぼをしただけで、膠着状態にやっきりしていたところ。
あの子のお陰でいきり立っていた若者がいっぺんに醒めました。」

 

「あの子は私の孫で、父親が連れ出した時は、家人が青くなって心配しましたが、私は逆に何としても止めるんだというあいつの覚悟を確信しました。わざわざ修羅場を子どもに見せるほどのばかではない。」

 

「そうでしたか。」

 

「しかしそれにしても久しぶりです。いつこちらにおいでになりましたか?」

 

「おや、悪いことはできないものですな。素性がばれてましたか。」

 

「昔囃子をやっていた頃、おおどの玉を盗もうと苦労したものです。」

 

「昔ですなぁ。」

 

ふっと寂しげな表情を浮かべたのを、老人は見逃さなかった。

 

「さて、子供を寝かしに帰ります。本当にありがとうございました。」

 

老人は帰っていった。

静寂が戻り川の水音しか聞こえない。
てっちゃんが歩き出すと、どこからか声がかかった。

 

「よっ、日本一」

 

声に振り返ると、そこにはまーちゃんとなっちゃん、さっきの若者がいた。

 

「甥っ子だ。」

 

そうか、この子が師匠の孫だったのか。どこか面影が似ている。

 

「有り難うよ」

 

袢纏を返すと紙幣を返そうとする。

 

「それはお前さんにやった物だ。機転で助けられた。」

 

「でもこんなに高いラーメンはないから受け取れない。」

 

「おお、一桁間違えていたか。しかし、一度出した物は引っ込められんから、それならみんなで飲んじまおうか。」

 

「うちで良ければいっぱい飲めるぞ。」

 

マスターの店、猫目家目指して一行が去った。

 

満月に照らされた境内の、誰も居ないと思ったあちこちの露店の影から立ち去る人影が見えるのだが、その数の多い事。

 

一塊は昼間梃子棒男ともめた町内の青年達。
どうにも治まらない梃子棒男の剣幕に仲間の青年が、もめた町内の親しい青年に連絡していたのだった。
もめ事の元になった青年は町内の年寄りや仲間に叱られ、今年の祭りは以後謹慎となり早々に帰宅した。

 

連絡を貰って対策を話し合ったが、今日のところは急遽散会とし翌日以降頭の冷えた所で会合を持つ事にしたのだった。

 

しかしどうにも気に掛かる。
散り散りに帰ったはずが、浅間大社境内に自然に集まった。 喧嘩のためではないが相手の動きは気に掛かる物だ。

露店の影から遠巻きに御手洗橋を見守っていた。

無事に収まり、引き上げたのを見て一同ほっとしたのは言うまでもない。

 

他の見物人はもめた町内の青年がてんでに浅間大社に向かうのを見て、何かあると察し後をつけた物、そして袢纏を渡した若者が知らせた地元の青年たち。
それが仲間を呼び、かなりの数がこの場面を見ていたのだ。
やれやれ、物見高いは人の常とは言うものの、いったい何を期待していたんだろう。

 

猫目亭へ移動する時、荒くれ者が梃子棒を持ってすれ違い、御手洗橋の方に走ってゆくのが見えた。

 

「あの野郎!」

 

「知ってるのか?」

 

「多々問題有りの要注意人物さ。」

 

甥っ子に尋ねた。

 

「あいつに教えたんじゃないだろうな?」

 

「ややこしくなるから、あそこだけは避けた。」

 

どこで聞きつけたか御手洗橋に駆けつけた荒くれ者は、誰もいないのを見て拍子抜けしたがこのままおめおめと帰るわけにも行かない。誰か通りかかるのを待って悪たれようと遅くまで待ったが誰も通らず、とうとう風邪をひいてしまったという。

 

 

遠音 ー 祭りが終わる時 その3 月夜のにらみ合い

「あの、てっちゃんさんてなんて呼べばいいんですか?」

遠慮がちに香代が聞いた。

「そうだな。苗字で呼んでもこの辺では『佐野さん』は多すぎるから、てっちゃんでいいんじゃない。」

現に、店の向かいも隣も「佐野さん」だ。人口の1割が佐野姓だと言うから、人混みで「佐野さん」と呼んだらいっぺんに何人もが振り返る事だろう。

「それでいいよ。昔からそう呼ばれてるから。」

 

香代にとってのてっちゃんは実に興味深い存在だ。 てっちゃんが東京での暮らしを語ることはなかなか無いからあえて詮索はしないので、てっちゃんも隠すわけでは無いが話す機会が無い。謎めいたなかなか渋い爺さんが、ちょっと気になる様子だ。

 

マスターは思う。

てっちゃんが母親が亡くなった後東京に出て行ったきっかけは、祭りでのあの揉め事だったろう。 必死で止めようとしたけれど止められず、けが人が出てその後数年間祭りが休止されてしまった。

笛吹きとしてのデビュー目前での休止はつらい。おまけに唯一の肉親との死別が追い打ちをかけたのだろう。 笛の師匠だったマスターの父親がとても悔しがったのを憶えている。

 

でも帰ってきたきっかけは、たぶん還暦の同窓会だった。

幼なじみ3人が顔を合わせるのもあの七回忌での帰省以来だった。

「28年ぶりか?」

「そうだな。」

順調に子供が出来ればそろそろ孫がいてもおかしくない歳だが、とうとう子供は授からなかった。 先に結婚していた弟の次男をゆくゆくは養子に迎えることにして、小さな頃から家の行き来をさせている。 甥の祭り好きはどうやら祖父譲りらしい。

てっちゃんといえばあのまま独身を通している。

東京暮らしも郷里で暮らした25年を超えた。若い時の大工修行が思いのほか役に立ち、工務店で現場監督として社長からの信頼を勝ち取り、職人達からの人望も厚く下町の安アパートでの一人暮らしも、馴れれば捨てた物でも無い。

でも社長が亡くなり工務店も息子の代になると、職人に人望のあるてっちゃんは煙たがられるようになった。 小さな事務所を借りて職人のネットワークを活かし、工務店を始めたのが2年前。 遅れて合流した現場監督の後輩のおかげで多少の自由もきくようになり、還暦同窓会への誘いにも出席できた。

しかし最近飲み仲間が孤独死したのが、気ままなはずの一人暮らしに影を落としている。

「行きつけの飲み屋に無断欠勤したら覗いてもらうよう、合い鍵を渡してあるんだ。でも、お寺さんだけは事前に手配しておかなきゃならんかなって。」

 

それでお寺さんへの相談がてら、祭りに合わせての帰郷となった。

 

祭りの喧噪も囃子の音も消え、人が退き始めた境内を抜けると目抜き通りから駅前まで歩いてみた。

郷里を離れて35年。この間に法事で1-2回は訪れたが、その時は用件に追われ改めて町を眺めることもなかった。

昔暮らした頃の記憶とは町並みはすっかり変わってしまったが、看板の名を見れば昔からの店が変わらずに営業を続けているのがわかる。 昔何度も通った居酒屋に立ち寄り、茹で落花生をつまみに一杯引っかける。代替わりして当時初老だった親父さんの姿はなく、息子と思われるどこか面影が似ている店主が、小気味よく応対している。

ちょっとばかり良い気分で神田川沿いを浅間大社に戻ってきた。

 

神田橋にさしかかると、夜も更け人通りも絶えた大通りに不審な一団を見つけた。

袢纏を脱いだのは町名を隠すためか。おまけに梃子棒まで持参とはただ事ではない。 いきり立っている若者が梃子棒を放そうとしない。仲間がなだめようとしているようだが、頑として受け付けない。

これは殴り込みだ。

大事にならぬように、何とかしなけりゃならん。

 

一団はどうやら交番前を通るのを嫌っているようで、てんでに川上を指さしている。 てっちゃんは下駄を脱ぐと手に持ち、境内の露店の間を駆け抜け御手洗橋に先回りした。

境内に立ち並ぶ露店の間を下駄を手に駆け抜ける姿を見れば、誰しもただならぬ空気を感じる。

「いた!てっちゃんだ。」

その姿を追ったのは、幼なじみのまあちゃんとそのかみさんのなっちゃんの二人だった。

姿を追って御手洗橋に着くと、てっちゃんは足の砂をはらい下駄を履き息を整えていたが、不敵にニヤッと笑ったのをマスターは見逃さなかった。 そしててっちゃんは素知らぬ顔で橋の欄干にもたれ川を見ていると思ったら、しばらくしてなんだか危険な雰囲気を漂わせた一団がやって来た。

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思いのほか時間がかかったなと思いながらてっちゃんが声をかける。
「ちょっと待ちな!」

橋を渡ろうという一団の前に、立ちはだかった。
明らかな喧嘩支度は夜目にも判る。

 

「どうするんだろう。」

 

奈津子が心配そうに言った。

 

さっきの笑みは何か策でもあるのかと見たが、通せんぼしたのは良いが多勢に無勢だ。この年寄り一人で、かなうわけもない。

 

 「許可無く他区に立ち入る事はご遠慮願いたい。」

 

一同顔を見合わせた。当惑の色は隠せない。

 梃子棒を持った男が焦れてドンと橋を突いた。

 

 てっちゃんはぱっと飛び退くと下駄を脱ぎ、半身に構えて手に履いた。

 

「やる気かい?」

 

「無理だよ、お巡りさんを呼んでくる。」

 

という奈津子を止め、様子を伺うことにした。

 

梃子棒男を押しとどめ、年長と見える男が前に出る。

 心なし微笑んでいるようだ。

 

「どうぞ履き物をお履き下さい。」

 

そういうと目くばせをした。

ばかに時間がかかると思ったら、梃子棒男をなだめながらここまで来たためらしい。たしかに誰だって、梃子棒持っての殴り込みを黙って許すわけがない。

 

ゆっくりと履き物を履き直した。

 

追えば逃げる 「遠音 ー 祭りが終わる時」より 2

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再開したスナック猫目屋には待ちかねた馴染みの客が押し寄せた。
とは言っても数は知れている。マスター一人で丁度良いくらいだ。


四方山話の中で、触れないつもりでもついつい亡くなったかみさんの話になる事がある。
客も気がつくと話題をそらせていたけれど、マスターが笑って話せるようになるにははまだしばらく時間が必要で、ようやく気兼ねなく話が出来るようになったのはもう一月ほど後のことだった。

遠慮がちなてっちゃんにマスターが言った。
「いちいち気にしなくてもいいさ、もう大丈夫だ。」
マスターとおかみさん、てっちゃんは幼なじみ。
思い出話にはいやでもおかみさんが顔を出してしまうから、これでは話の種が無い。
「そうか」
笑いながらてっちゃんが話し出した。
「おまえが血相変えて俺を追いかけたこと、憶えてるか?」
「おまえが法事で帰ったときだったな。」
「あの時のおまえはなんだか恐ろしかったぞ。」
「そうかもな」
「鬼みたいな顔をして追いかけてくるから、こっちも必死で逃げ回った。」
「なっちゃんに会ってくれーってね。」
「だから逃げ回りながら、なっちゃんちに行ったんだ。」
「すぐおまえが来たけど、隠れてた。」
「いないと思って、また飛び出したんだ。」
「その後なっちゃんと話したんだ。
おまえがなっちゃんと話せって追いかけ回してるって。」

母親の七回忌の法事で久しぶりに帰省してみると、笛の師匠だったまーちゃん(マスター)の親父さんも何年か前に亡くなっていた。墓に参った時まーちゃんのお袋さんに会い、笛を習いに訪れていた頃の話になった。
「あの人はね、あなたが良い笛吹きになるって楽しみにしていたんですよ。」
申し訳なさに墓前に深々と頭を下げた。
あんな大喧嘩にさえならなければ、憧れつづけた笛吹きになってふるさとを離れることもなかったろうに。
その後だ、お袋さんから話を聞いたまーちゃんが血相替えて追いかけてきたのは。
逃げ回ったあげくに飛び込んだなっちゃんの店は、お袋さんが続けてきた子供相手の駄菓子屋で、奥に置いた鉄板でお好み焼きや焼きそばを焼いて食べさせる店だった。お袋さんは買い出しで留守だったが、久しぶりに会ったなっちゃんはずいぶん綺麗になっていて、話を聞くと笑って言った。
「何勘違いしてるんだろうね。
てっちゃんは確かに小さい時からの憧れだけど、所帯を持ちたいと思ってるのはまーちゃんなのに。」
正直うらやましかった。
「あいつに伝えようか?」
「大丈夫、自分で言うわ。」
「次に来る時には子供が居るかな。」
「かもね。」

「そのまま電車に乗ったんだ。」
「その夜の事だ。のれんを仕舞ってからあいつは切り出したよ。」「てっちゃんに会ったよ。久しぶりに話したけど変わってなかった。
でも憧れは所詮憧れね。息が詰まるもの。
所帯を持つのなら、やっぱり空気みたいな人が良い。」

そう言うと、前に座り居住まいを正して話し出した。
「いつもいつも守ってくれてありがとう。
あたしを、」

「ま、待て!俺に言わせてくれ。」
かしこまって、声を絞り出した。
「嫁になってくれ。」

「何年待たせたことになる?」
てっちゃんが問うと、
「あの喧嘩騒ぎの後、おまえのお袋さんが亡くなっておまえが東京に出て行っただろう。
多分そこからだから、七回忌でまるまる6年か。
「6年もか、もったいない。」
6年早かったら子供だって授かったかも知れない。
結局子供をあきらめ、マスターの実家を次いだ弟の次男坊に後を託す事にした。
養子のような物だが同居でも別居でもなく、あるいはどちらでもあるようなゆるい関係。
家が二つあるような物で気ままに行き来をし、どちらにも要領よく甘えている。

「でも、追いかけっこも無駄じゃなかったんだ。」
横から香代が言った。
下部で知り合った娘、名は香代という。
あの後、浅間大社に参詣すると言って富士宮を歩き回り、気に入ったからとアルバイトを見つけてきた。
「で、住むとこないんだけど、居候させてくれない?」
「おいおい、仮にも男の一人暮らしに居候はないだろう。」
しかし、知り合いにアパートや下宿屋は居ない。
幸い店は二階で鍵もかかる。物置に使っていた店奥の三畳間をとりあえず空けた。
住まいは一階だからまあ間違いも起こるまい。
「給料貰ったらちゃんとした所探すんだぞ。」
それから共同生活が始まった。
居候だから家賃もない。
代わりに少しぐらいはと言う事で、仕事から帰ると洗い物と片づけを手伝うようになる。
するとなんだか若い客が増えてきた。
出しゃばるわけでは無く奥にいるのだが、
「いらっしゃいませ」
の声が小気味よい。
ある日の事、甥っ子のけん坊が血相変えてやって来た。
「おじさんどういうつもりなんだい!」
連れあいを亡くして一月半、まだ喪も明けないうちに若い娘を連れ込んだともっぱらの噂らしい。
人は口さがない者、言わせておけばいい。
しかし、そんなに伯父が信用できないか?
「馬鹿もん。俺がそんな事すると思うか。」
一喝した。
「一応紹介しておく。香代ちゃんだ。」
仕事から帰り、窓際で猫を撫でていた娘が立ち上がって会釈をした。
「今は居候ですが、アパートが見つかったら引っ越します。」けん坊は不意をつかれ、赤面しながら言った。
「いえいえ、焦らなくていいですよ。どうぞごゆっくり」
あたふたと逃げるように去った。
その晩からけん坊は店に皆勤賞。
なんだか昔見たような光景だ。

香代のおかげで新規の若い客が増え、一人ではどうにも手が回らなくなった。
聞けば香代は以前喫茶店で働いていたというので、正式に働いて貰う事になった。
「ホットケーキやピラフは得意なんですよ。」
店のメニューも増えた。
一方けん坊は酔客から香代をガードしているようにも見える。
なっちゃんに虫がつかぬよう、毎晩通っていた自分の姿が重なる。焦るなよ。焦って追いかけると逃げられるぞ。
内心そう思いながら、若い日の自分を見る想いでてっちゃんと二人で見守る事にした。
 

物語を一つ

人の一生はそれ自体一つの物語ではあるけれど、さまざまな成功や失敗多くの経験が語られぬまま消えてゆく事を思うと惜しくてなりません。
自分が生きた証を何かの形にに紡いで残せたらと思うに至りました。出来る事なら物語を一つ、そして歌を一つ。

以下は永年暖めてきた物語のひとかけらです。ご感想などいただければ嬉しく思います。
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奥さんが亡くなってからのマスターはなかなか立ち直れない。
店は一月閉めたままで、再開のめどは立たないで居る。
思い出の東京をさまよい歩いたものの、癒されるどころか寂しさが募るばかりだ。
なかば後悔しながら帰途についた。
身延線下り電車も富士では満席だったものが、富士宮を過ぎるとガラ空きとなった。
富士宮で降りずに乗り越したのは、もたれて眠る若い女性に亡き妻の面影を見たからだ。
声をかけて降りればいい。それだけのことだがそれでは惜しい気がした。
「そうだな。下部まで言ってみるか。」
所帯を持った時、二人で初めて旅行したのが下部だった。
日帰りで出かける事はあっても旅行の思い出は他にはなく、唯一の思い出の地だ。

「すみません。次で降りますので。」
声をかけるとようやく目を覚ましたが、寝ていた事に気付くと顔を赤らめた。
「あ、次は何処でしょうか?」
「下部です。」
「よかった。乗り過ごす所だったわ。」
駅に降り立ったのは数名、それぞれ宿の迎えに導かれて行った。
乗り越し料金を精算し、温泉街を川に沿って歩いてみる。
多少改築された宿も見えるが、ひなびた雰囲気は昔と変わらない。
足を止めたのは古びた旅館前。
名前までは憶えていなかったが、昔泊まったのはたしかにこの宿だ。
ここに泊まる。
夕食まで時間があったので浴衣掛けで付近を散策した。
宿に戻るとロビーのソファーに腰掛けぼんやりと暮れゆく外を眺めていた。
「電車では済みませんでした。」
振り返るとあの娘が立っている。
「あ、いやいや気にせずに。」
娘は軽く会釈して隣のソファーに腰を下ろした。
「友達と来るつもりだったんですけど、ドタキャンされちゃって。」
「彼氏ですかな?」
「友情より彼氏の方が大事だって。」
「若い方ならそれもしょうがないかな。
そうそう、あてて見せましょうか?」
「え、何を?」
「傷心旅行と見た。」
「なんで判るの?」
「若い時いろんな占いに凝ったものだが、極意は直感だと悟ったわけ。」
「直感なの?」
「易にも凝ったけれど、卦を立てているうちに出る卦が先に判ってしまうようになった。
で、この卦は誰が与えているのかって考えた時、自分自身の潜在意識だって思い至った。
それで考えたんだ。
精神的にも未熟で人生経験も乏しいまま占いを続ける事は、大きな間違いではないかってね。
それで占いは封印した。」
「それって若いときのことでしょ。
今だったら的確なアドバイスも与えられるんじゃない?」
「そうかも知れない。」
「私を占ってくれない?」
「占うまでもないよ。
あなたの持つ明るさは、もうそんなものは乗り越えている。
これからどの道を選ぶかはあなた次第だ。」
「ふうーん。」
「おじさんも傷心旅行ね」
「お、」
「図星ね。」
「あんたの直感も大したもんだ。」
「でも、もう大丈夫って顔に書いてあるわ。」
話している内にがたがたに緩んでいたネジが締まった。
どうやら店を再開できるかな。

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最後まで読んでいただきありがとうございます。
これは永い事暖めている「遠音 祭りが終わる時」という物語の一部です。
まだまだ荒削りな筋でしかありませんが、いつの日か一つの物語として完成させたいと思っています。

ここまで読まれた方、一言「読んだよ!」とコメントいただければ幸いです。

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