へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

囃子

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

浅間大社囃子定例練習11月

先月の囃子練習10月28日はちょうど満月でした。
夜中に少しお湿りがあったようでしたが、翌朝は意外にも富士山の雪化粧が見られました。

浅間大社青年会の囃子練習は、昭和50年に祭事係会に太鼓を寄附していただいてからですから、かれこれ40年になります。

11月の定例練習は久しぶりの化粧直しが見られた24日でした。
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満月には2日早く、月もこの高さです。


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11月24日の月です。


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囃子練習はこの浅間大社垣内で行われます。


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夜の浅間大社拝殿


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浅間大社青年会有志による囃子練習


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授与所前で行います。


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今夜は参加者が多いようですね。


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練習終了後、拝殿前で拝礼して解散。

浅間大社青年会員はお祭りを実施している町内に加え、実施していない地域からも多くの若者が参加しています。お囃子はそれぞれの町内で保存伝承されてきたもの。だから町内ごとに微妙な違いがありますが、ここでの練習ではその違いを乗り越えて一つの囃子を演奏します。
元をたどれば同じものですから。いろんな町内混成で囃しているうちに、それぞれの癖が判り、大元の囃子がどんなものであったかがおぼろげながら見えてきます。
他区の囃子を聴くことは、よい刺激にも成ります。

この定例練習が、各区囃子方の交流の場になれば良いのですが。


へんぽらいの祭り談義 : 月の夜、浅間大社境内で

27富士宮まつり 相互訪問(湧玉宮本)

他区訪問は、祭りの楽しみの一つでもあります。
浅間大社周辺に集結するようになったのが、昭和61年のこと。
同年祭り終了後に秋まつり青年協議会が発足し、翌昭和62年から共同催事が本格化しました。
以来、遠方から共同催事参加のために通過の際立ち寄られる区が増えましたが、この辺が相互訪問の始まりでした。
それまで湧玉宮本は2日間狭い自区内をのんびりと曳き回していたものですが、それ以後は足を伸ばして周辺区を訪問するようになりました。

以来、近隣各区とは相互に行き来して親交を深めています。
訪問して行うのは、囃子と踊りの披露ですが、相手区の都合がつけば競り合いをすることもあります。
披露の後しばし休憩して接待を受け、拍手の中を口々にお礼を述べながら退出します。


11月3日の曳き回しで他区を回った時です。

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湧玉宮本が湧玉神立会所に向け囃子披露

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湧玉宮本が湧玉神立会所に向け踊り披露



湧玉宮本が湧玉神賀会所に向け囃子披露


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湧玉宮本が湧玉神賀会所に向け踊り披露


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湧玉宮本が湧玉福地会所に向け囃子披露


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湧玉宮本が湧玉福地会所前で踊り披露


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湧玉宮本が湧玉貴船会所前で囃子披露


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湧玉宮本が湧玉貴船会所前で踊り披露



そして本宮共同催事が行われる11月4日です。

午前中に高嶺区と城山区にお邪魔しました。

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湧玉宮本が湧玉高嶺会所前で囃子披露


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湧玉宮本が磐穂城山会所前で囃子披露


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湧玉宮本が磐穂城山会所前で踊り披露

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磐穂城山がが磐穂城山会所前で踊り披露
城山オリジナルの踊りを見せていただきました。


そしていよいよ本宮共同催事が迫ります。

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湧玉福地が湧玉宮本会所に向け囃子披露


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湧玉福地が湧玉宮本会所に向け囃子披露


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湧玉琴平が湧玉宮本会所に向け囃子披露


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湧玉宮本会所で湧玉琴平と湧玉宮本が競り合う


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競り合い後の判定も和気藹々


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湧玉神立が湧玉宮本会所に向け囃子披露


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湧玉神立が湧玉宮本会所に向け踊り披露


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その後、湧玉琴平、湧玉神立、湧玉宮本の順に本宮共同催事に向けて出発しました。

仲良く祭りを楽しむ上で、相互訪問は大いに役立っています。


へんぽらいの祭り談義 : 27富士宮まつり - 嬉々として踊る

笛玉と二丁笛

近年教えもしないのに笛吹きが増え、私の居場所がなくなりました。
教えなかったのは別に笛吹きの座に固執したとか意地悪では無く、私の笛が教わったものでは無いからです。
地元町内の笛吹きに教えを請い、手ほどきを受け始めた所でその師匠が出奔してしまいました。
やむなく、菓子折を持ってあちこちの町内に笛を教えていらっしゃる名手の門を叩きました。
祭りが近づいたら声をかけるからとのことで、それを心待ちにしていたのですが、いざ声がかかった時、地元で中学生に囃子を教えている最中。
要領よく予定を割り振れば行けないことはなかったのでしょうが、それができずにとうとう行きそびれてしまいました。


https://www.facebook.com/masanori.sano/videos/997955996929076/">

富士宮市教育委員会制作「民俗無形文化財 富士宮ばやし」より1/3富士宮まつりの解説と湧玉会による囃子演奏が記録されています。

Posted by 佐野 雅則 on 2015年10月5日

「囃子は盗め」と言いますが、盗む参考にしたのが富士宮ばやし保存会湧玉会の演奏が写っている8ミリ映画でした。
この映画を作る際に演奏を録音したカセットテープがあり、それをコピーして貰い耳コピーで旋律を覚えました。
邦楽の音名は判りませんからドレミに置き換え歌って覚えました。
指使いはまさに手探りで覚えたものですから、どれだけ違っているか冷や汗もの。
だから我流の笛を、教えることは出来ませんでした。
希望するものには笛を与えましたが一切教えることはせず、その代わり見て覚えるよう練習では休むことなく吹き続けましたので、その結果女子数名が笛を覚えました。

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今日の練習風景です。
女子とは言え、気管支の弱い年寄りよりはよっぽど大きな音がします。
おや?と思ったのは、二人で吹いている時高音を張り上げ長く伸ばす音が細かく強弱に震えることです。これの事かと思いだしたのが、昔年寄りに聞いた二丁笛のこと。
うちの町内では笛吹きは昔から貴重な存在で、二人一緒に吹くことはめったに無かったようです。
そのためかご老人に聞かされた二丁笛のことも、その素晴らしさを語る時には目を輝かせ、なかば伝説化していました。

笛玉のことは師匠の門を叩いた時に師匠の親父さんから聞かされました。
親父さんもやはり笛吹きで、昔頼まれて吉原の祇園祭に笛を吹きに行ったそうです。その時、笛玉を吹いたら地元の笛吹きがどうやって吹いているか目を凝らして見ていたと楽しそうに笑い、そして全曲通して笛玉で吹く事が出来たんだと自慢げに話してくれました。

先輩からも笛玉のことはちょっぴり聞いたことがありますが、具体的にはどんなものか良くわかりません。音の断続らしいということで、唇に力を入れて見たりもしましたが綺麗な音にはなりませんでした。

師匠が他所の町内に笛を教えた帰りに会所の前を通りかかり、外に居た私を見つけると立ち寄ってくれました。
「吹いてみな。」
初めての稽古です。
緊張しながら、言われるままにテープで覚えた笛を吹きました。
何を勘違いしたか、ろくに音も出せない中学生が一緒に吹き始めました。
邪魔をするなと拳骨をくれたい所でしたが、我慢して吹き終わると、
「すっかり盗まれちゃったなぁ。」
師匠はそう言って笑いました。
その時に笛玉のことを聞きました。
「舌を上あごに近づけ、息の通り道を狭めて吹くんだ。」
狭い所を息が速く通ると、舌が波打ち息が断続する。
ホイッスルのコルク玉が息を断続するから、
「ピリピリピリ」と鳴るのと一緒です。

師匠が「富士宮ばやしの笛今昔」でこう述べていらっしゃいます。
「今年の祭りには私は各区のおはやしを聞きながら西から東まで足を運びました。それをテープに録音して楽しく聴かせていただいております。惜しむらくは、遠くまで聞こえる笛の音、又玉入を吹く笛吹きが一人も無かった事がとても残念でした。」

それを読んで以来、綺麗な玉入れを吹くことが私の目標になりました。


理屈では判っても、綺麗で明瞭に断続させるのは難しいもの。
この歳になってやっと無理なく出るようになりましたが、今度は息がもちません。

何時の日か完璧な笛玉を吹き、それを記録に残したい。
私のささやかな夢です。


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