へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

催し

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
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鎮魂太鼓 - 花粉症の季節

今朝もいきなりくしゃみを連発。
花粉症歴は長く40年以上になります。世の中で花粉症という言葉を聞く以前から、春先には目の痒さで眼科医院に通っていました。くしゃみ鼻水も出ますがどちらかと言えば目に来る方で、春先のこの時期はひたすら目の痒みを我慢の毎日です。
糖尿病対策のウォーキングも花粉を浴びることを思うと滞りがちですが、我慢してでも続けなければなりません。祭り頃から滞っていたためか、検査の数値が悪化していたのですから。
例年この症状が治まるのが連休頃でしょうか。

3月9日に富士宮囃子保存会による「鎮魂太鼓」が浅間大社境内の神田川ふれあい広場で行われます。
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昨年の我が町内の囃子披露です。

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今年は絆祭との共催になりますが、囃子保存会の鎮魂太鼓の歴史は古く阪神淡路大震災の翌年と翌々年に行われた「鎮魂太鼓」の趣旨を引き継ぎ、発会年度の平成10年1月より震災の日前後の日曜を選んで「新年囃子打ち初め」として行ってきました。先の「東日本大震災」により「鎮魂太鼓」の名前を復活させ、時期も3月11日前後の日曜に変わりました。

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今朝の地元紙に載った「絆祭」の案内です。
我が町内の囃子方の写真が乗っていました。

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参加団体は保存会所属の全区囃子方です。抽選で披露の順番を決めています。
始まった平成10年の参加は希望する数区だけでしたが、今では全21団体参加の一大行事になりました。

富士宮まつり全町内のお囃子を聴く好機です。
よろしければ聴きに来てください。


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表富士燈回廊

 6月29日(土)の夜、ミス富士山コンテストと表富士燈回廊が行われました。

 

灯火が明るく見える頃、富士山が姿を見せました。

 

今年は風が強いそうで、燈火がよく消えます。

 

比較的風が当たらないのか、ここは良くついていました。

 

ここが燈火のメインかな。

 

川上の燈火

 

川上の燈火の「祝」の文字。

 

 

 

対岸の「花と食の元気広場」では、「ゆかたde宮」 の花火大会が開かれていました。

 

 

7月1日 富士山世界文化遺産登録祝提灯行列

富士山山開きの7月1日、世界文化遺産登録を祝っての提灯行列が富士宮市で行われました。

 

 

提灯行列に先立ち、浅間大社楼門前では雅楽(舞楽)が披露されました。

 

出発準備をする参加者たち。

 

 

 

西鳥居から出発した一行は西に向かいます。

地元町内の湧玉宮本が、山車の上から祭り囃子で盛り立てます。

 

浅間大社前を進む提灯行列の一行。

 

 

沿道の町内神田区の囃子方が囃子でにぎわいを添えます。

 

1月7日富士宮市消防出初め式報告

平成24年1月7日に富士宮市消防出初め式が行われました。

整列する団員たち。

 

表彰を受ける代表者。

 

梯操隊による梯子乗り演技披露

 

 

消防団記念撮影は2年に一度行われ、消防団O.Bということで私が承っている。消防団本部員、市長、消防長、女性消防団員、各分団の分団長などがこの写真に写る。2年前より人数が増えたと思ったら旧芝川町との合併で、分団長が増えたからだった。

 

ラッパ隊記念撮影は初めてのことだが、ラッパ隊長が勤続25年を節目に今年で退団するとのこと。私とラッパ隊長が現役のラッパ隊員だった頃、現消防団長がラッパ隊長だった。団長も交えての記念撮影は退団するラッパ隊長にとっての良い思い出になるだろうな。

 

私の出身分団第三分団の記念撮影だ。

この夜の新年会に消防委員として出席することもあり、急いで仕上げ届けた。

 

 

梯子乗り演技披露も記録のついでに三脚に据えてビデオ撮影していた。

写真を撮りながらなので時々画面からはみ出してしまうのはご容赦願いたい。

 

浅間大社餅つき大会

毎年1月2日には浅間大社拝殿前で毎年恒例の餅つき大会が行われた。

餅つき大会会場では縁起物の拍子木授与や国旗販売なども行われている。

きな粉餅を食べる参拝者がいる。

 

餅つき大会なので、希望者がいれば餅をつくことも出来るのだが、ほとんどを会員が搗く。

 

餅はきな粉餅とお汁粉にして振る舞われる。

 

お汁粉用の大鍋。

 

飛び入りの外人さん。

 

子供も餅をつく。

 

好天だけれど、風の強い日でした。

 

餅つき前のこね。

 

こちらできな粉がまぶされる。

 

湧玉池上池の底石がきれいになっていた。

風が強いので落ち葉が水面を覆い、水面にさざなみが見られる。

 

アヒルが水に潜る。

 

昨年から溢れていた水がどうやら治まりそうだ。

 

好天だが富士山は雲の中。

 

正面参道には多くの露店が立ち並び、お祭りのようでした。

 

 

 

浅間大社に初詣

恒例の年越しと初詣の取材を兼ねて初詣に浅間大社に行ってきました。

 

拝殿太鼓前に浅間大社中村宮司が座して時を待ち、午前0時を期して太鼓を打ち鳴らしました。

 

太鼓の音を合図に、拝殿前を埋め尽くした参拝者がお賽銭を投げ入れました。

 

縁起物を買い求める人たち。

 

20年前まで私が在籍した浅間大社青年会が、拍子木の授与を行っていました。

在籍当時すでにこの拍子木授与は始まっていましたから、かれこれ20年以上ひょっとすると30年近く続いています。

 

後輩たちの頑張りをちょっと応援。商売繁盛を祈願していただき、三本締めを大勢でやっていただきました。ちょっと照れくさいけれど、良い景気づけです。

 

例年通りなら、1月2日には浅間大社青年会恒例の新年餅つきが行われます。

この拍子木授与も行っているはずですので、新年の縁起物として、また景気づけとして買い求めてはいかがでしょうか。

 

 

囃子披露の方法(提案)

齢還暦ともなると、囃子の発表や披露で出演した事も数知れない。


 


常々感じていた。祭りという場、山車上で囃される祭り囃子を太鼓だけ持ってきて披露する事はその背景にある祭りはどうでも良いという事なのかと。


囃子の曲目も宮参りに歩きながら囃す「道囃子」、引き回しで囃す「にくずし」、競り合いで囃す「屋台」などそれぞれ違う場面で囃されているのを紹介せず、太鼓だけで曲目を披露するのはあまりに手抜きではないか。


 


関東ブロックの郷土芸能大会に富士宮囃子保存会が出演する事が決まった時、会長と相談してビデオとナレーションを背景に流しながら、囃子を順に披露してゆくという形にした。


その時のビデオもいただいてあるが、許可なく引用も出来ないので、昨年富士市で行われた郷土芸能祭での記録でご紹介しよう。


 



背景にプロジェクターでビデオを投影する。太鼓はその前でスポットライトで照らす。


 


リハーサルだ。配置を決め、DVDのチャプターを送って披露の流れを確認した。


 


 






そして翌日の本番。


ビデオ画面が部分しか入らないのが残念だが、流れは判っていただけるだろう。


 


ビデオの画像は、富士宮市が製作したビデオに新たに撮影したビデオを加えた。


 


表富士燈回廊報告

恒例の表富士燈回廊も、桜の燈回廊は震災から日も経たぬ事もあって中止となり、開山前の6月25日は行われたものの、白糸滝の燈回廊は15号台風被害で中止と中止が相次いだために久し振りの感があった。


 



浅間大社楼門前


参道脇に燈火が並ぶ。


 



ふれあい広場の燈回廊


心持ち寂しい感あり。


 



御手洗橋から


 



対岸からふれあい広場を見る。


 



ふれあい広場の燈火は富士山を描いていたのだろうか。


 



ふれあい広場のイチョウが燈火に浮かぶ。


 


 



情趣溢れる川床に燈火も色を添えた。


 


来春こそ桜の燈回廊を見たいものだ。


事故や災害が無く、復興が進む事を祈ります。


 


 


 


 


 


美しい日本の遊びー水辺の月を愛でる秋の川床

10月8日に「美しい日本の遊び-水辺のつきを愛でる空きの川床」と銘打って、浅間大社参集所で川床という催しが行われた。


 



湧玉池の畔に建つこの建物の窓辺からは、清透な水に遊ぶアヒルやニジマスが見られるのだが、夜はさすがに無理だ。


 


 



代わりに情趣を添えたのはロウソクの明かりだ。池の周囲に置かれた燈火を会場から見たらきれいだったろうな。 


  


祭り準備で毎夜詰める区民館には打ち合わせで他区が来訪した。


打ち合わせを終えて歓談中。


 



夜更けて帰宅すると月は西に傾いていた。


満月までもう少しだ。


 


 


 


 


地震に遭遇して防災訓練内容が変わった

東日本大震災から間もない3月15日、富士宮を震源地とする震度6という大きな地震が起こった。私は風呂から出ようと言うところで大きな揺れを感じ同時に灯りが消えたので、暗闇で着衣を探した。家族の無事を確かめ、しばらくは建物の外で余震の揺れを警戒しながら待機し、次に隣家の一人暮らしのご老人の無事を確認した。


町内の人たちも通りに出てあちこちに集まっているが、停電は局所的で、西隣、南隣の町内には灯りがついている。


車載テレビでニュースを見た人が情報を伝えた。


 


何度も行っていた防災訓練の救助、応急処置、消火といったことが、実際に地震が起きた際にはそこまでの必要もなく、むしろ隣近所の安否確認や揃っての避難、段階毎の避難場所など確認すべき事があらためて浮き彫りになった。


 


静岡県では9月の防災の日に加えて12月にも県独自の防災訓練を行っているので、年に2回の訓練がある。多すぎるのも慣れを生じて逆に害があるので、わが宮本区では防災の日の訓練は前の8月末の夜間に行う事にしている。


 



町内毎の避難場所へ先ず集まる。


 



班長は班内の各世帯の状況を調べて町内会長に報告する。


区内住民の調査をこのために行っている。


 



家が無事で避難の必要がない場合は、黄色いハンカチを家の前に掲げる。


 



各町内毎に集まったら、状況を見ながら区の集合場所に集合する。


 



長期化した場合は市指定の一時避難地(ここでは富士宮市民文化会館)まで移動する。


 


 



市民文化会館入り口(集合場所)を確認する。


 



宮本区の避難場所は文化会館内1F大ホールホワイエ1・2階(190名神立区と共同)、舞台裏の楽屋西側3室(35名)


 



避難所となる楽屋を見学


 



再びホワイエに戻り、ここで解散。


 


実際の災害時には、文化会館自体の安全が確認できるまで中に入る事が出来ないので、開けた場所(駐車場など)で待機する。


 


それほどの大災害が起きないのが最良だ。でも、富士山がある以上いつかは噴火だってあるだろう。


自身の安全、家族の安全、近所のお宅の安全。そう言った物が確保されてこそ、救助や消火にあたる事が出来る。


 


災害時に必要な事や物は、経験して初めてわかるもの。


これを活かしてゆきたい物だ。


 


 



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