へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

思い出

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

祭りのあと

作詞家の岡本おさみさんが亡くなって今日11月30日が1年目だそうです。
本日、11月30日は吉田拓郎の盟友である作詞家・岡本おさみの一周忌|大人のMusic Calendar|大人のミュージックカレンダー


吉田拓郎をリアルタイムで聴いた世代ですので、その名前は拓郎の歌と共に記憶しています。
「襟裳岬」「ルームライト」「旅の宿」など多くの曲がありますが、中でも「祭りのあと」は大好きな曲です。

かつて、この曲をBGMにした素敵な祭写真のスライドショーがYoutubeにアップされていましたが、著作権侵害が報告された物かアカウントが削除され見られなくなりました。


PNTX0888-800

昂揚の後醒めて思う寂しさ、祭りに関わる者は祭りに対する思い入れも深い。
それぞれがそんな思いでスライドショーを作ったら、素敵な物になるでしょうね。

単なる権利の侵害でそんな思いの詰まった作品が削除されるのは、何とももったいないと思います。
スライドショーで歌の良さが何倍にも増幅され、多くの人にアピールされる。
レコード会社の権利の主張でそんな機会が奪われる方が、よっぽどマイナスなんじゃ無いのかな。



地元の祭りのスライドショーで、著作権侵害で削除されぬようにBGMは付けてありません。
でも、吉田拓郎の「祭りのあと(4分21秒)」の手持ちの音源がありましたら、聴きながらスライドショーを再生していただくと良い感じで楽しめるかと思います。

祭り現場を卒業すると決めた今、祭りの後の寂しさはまたひとしお。
引き継ぎや報告が終わったら、しみじみとこの曲を味わおうと思います。

卒業 - 踊る子供に思う : へんぽらいの祭り談義

いつか見た光景

中日(湧玉宮本では最終日)の引き回しを終えて会所前に帰った際、囃子の先輩に会いました。
昨年会った際には病状の悪化が見て取れるほど弱々しく見えたのが今年はずいぶんと恢復し、明朗快活な昔の先輩に戻ったように思えました。

ふと思い出したのは、私がまだ現役の笛吹きだった頃のことです。
T字路の枝道だったから三区の競り合いだったと記憶していますが、まさに競り合いが始まろうという時にバッグを置き忘れたと言って山車に乗ってきたのが囃子の先輩。後にしてと言うも聞かず、競り合いが始まってしまい、仕方が無いのでしゃがんでいてくれと言って競り合いに集中しました。その間先輩は囃子場の中ほど少し後ろに胡座をかき、目を閉じて競り合いを味わうように聴いていました。

私が笛の手ほどきを受けたのが、この先輩でした。
囃子を始めたのはそれより数年前でしたが、この先輩が笛を吹くのを見たのはたったの数回。
当時は気まぐれな笛吹きのために、囃子はほとんど笛の無い状態。

それでも先輩が競り合いで笛を吹いた貴重な8弍撚茲残っていました。

昭和54年頃の松山区との競り合いで、松山の屋台上から撮られたものです。
宮本の屋台の中で笛を吹き、顔こそ見えませんが時折笛の音が聞こえます。
競り合いを終えての三本締めで、初めて画面中央の上辺に先輩の顔が見えました。


その後昭和57年に、屋台は山車に復元されました。
57miyamoto-800

笛を湧玉会の有賀さんにお願いしたのは、笛吹きである先輩がもう祭りに出ない状況だったからなのかな?先輩が競り合いで笛を吹いていた時代は競り合いが自粛されていた時代で、昭和50年頃から自粛緩和の萌しがようやく見え始めたところでした。

せっかく山車が復元されたというのに、山車での競り合いは経験することが出来なかったことは囃子方としてとても大きな心残りだったのでしょう。



PNTX1018-800

今回は競り合い前に山車を下りそびれて、こんなすてきな場面に出会えました。
元囃子方にとって競り合いの囃子場は夢の場所なのかも知れません。
今思えば、先輩が嘘をついてまで乗り込んできたのも判る気がします。

卒業を前に最高の経験が出来ました。


PNTX1179-800

こう言った記念撮影を撮るのも、今年が最後かな。



PNTX1182-800

お姉様方、お疲れ様でした。









湧玉宮本と湧玉琴平 : へんぽらいの祭り談義

白尾山 - 故郷の山

PNTX2031

私にとっての石川啄木が歌うありがたき故郷の山は、何と言っても富士山だ。
仰ぎ見る姿は美しく神々しい。



NKN_3628-1200

月の明るい夜に富士山を仰ぎ見るのは、麓に住むものの特権かも知れません。
眠りにつこうとする街を両手で抱え込むような、慈母の姿に見えます。




PNTX2048

一方、登ることで郷土を一望出来るのが、この白尾山。




IMGP6368

小学校の遠足で、ここから我が家を探した物です。




IMGP6370

白尾山から見た、母校大宮小学校です。




PNTX2061

富士山と街を同時に眺められ、遠足に我が家を探した幼い頃の思い出の風景となっています。



そうそう、次男が小学6年生の3月に、卒業記念の写真を撮ろうとクラスで白尾山のこの展望台に上ったそうです。
PNTX2074+2

その時にこの坂道カーブの手前右辺りで火災が起こり、プロパンボンベが火で焙られて口金が吹き飛び一気に噴き出したガスが大きな火の玉となったのが展望台から見えたと話してくれました。
当時消防団員だった私は、税金の申告会場から現場に駆けつけ消火にあたりましたが、この坂のために放水圧力が上がらず、他の分団と中継して加圧し放水しました。




PNTX2046

それにしても、変わりました。子供の頃は手前には家も少なく、身延線も高架じゃ無かったし高い建物だってほとんどなかった物です。

坂道登るのも休み休み、老いを実感させられました。



密かな楽しみ -蛍光鉱物-

不可視光の紫外線があたると、蛍光を発する鉱物を蛍光鉱物と呼びます。

この蛍光に引かれたのは、蛍石の蛍光を見た時でした。
hotaru

どの色でも光るわけでは無く、この暗緑色の蛍石が明瞭な青い蛍光を見せてくれます。


1218-1

それ以来、ミネラルフェアなどに紫外線ライトを持ち蛍光を見せる物を探しました。
可視光で見た購入品です。


1218-2

紫外線ライトで見たもの。
右上の琥珀は青みを帯びた蛍光、その左のクンツァイトはピンクの蛍光、サンゴ化石の中にも一部白い蛍光を見せるものがあります。

通常光で見て美しい石や鉱物は当然人気も高く高価です。
でも、何気ない地味な石が美しい蛍光を発することもあり、そんな発見から好きになることも多々あります。

PNTX9207

ソーダライトのブレスレットです。
ソーダライトは青色が魅力なので、白い部分が多いものは等級的に落ち安価に購入出来ます。
でも紫外線ライトをあててみると、この白い部分から強いオレンジの蛍光が見られました。
私にとっては当たりです。

紫外線ライト一つで思わぬ感動が味わえ自分なりの発見も出来ますので、ミネラルフェアには忘れずに持参します。
あるミネラルフェアでライトで物色している時、出展者のインド人がライトに興味を持ちそのライトを売れと言われました。まだフェアの展示を見ている途中だから帰る時ならと言うことで帰り際に立ち寄り買って貰ったのですが、彼が首から提げていたペンダントを照らすと青白く光りました。
「ブルーダイヤだ。」
強い蛍光にも驚きましたが、大きさにもびっくり。
紫外線ライトは仕入価格の5割増しで買って貰いましたが、お返しに購入したのがこれ。

PNTX9206

ルビーインフックサイトのタンブルです。
含まれている赤色部分がルビーで、赤い蛍光を見せます。

しばらく行っていないので、またミネラルフェアに行きたくなりました。


へんぽらいの祭り談義 : 思い立ったら走り出せ!!

いよいよ折り返し

わが家の庭には季節の指標があります。
特に夏の真っ盛りを表すのがこの二つ。

PNTX8867

まず酔芙蓉が咲くこと。今日夕刻、開花を確認しました。
この朝白かった花は夕べには紅く染まり、それゆえに酔芙蓉と言う名がつけられています。


PNTX8869

見れば、明日開く蕾がいくつか見られます。
わが家の酔芙蓉のシーズンがいよいよ始まりました。


PNTX8861

そしてイチジクが熟れ始めること。


PNTX8862

昨日から楽しみに見ていますが、実が飴色に熟れるまでもう少し。
明日あたりが収穫時でしょうか。


この二つが揃いましたので、わが家の夏はピークを迎えました。これから先は気温も徐々に下がり、夕刻の涼風に今の暑さやうるさい蝉の声さえ懐かしむ?ようになるのでしょう。

あれもこれも山ほどあったやりたいことはどれも消化不良、取り戻せぬ貴重な時を振り返り、大いに悔いたものです。
そして、いまだに思い出す夏休み最終日の恐怖。
宿題やってない・・・。

夕焼けの消える時

NKN_0734-640

大地の影に追い立てられ、夕焼けの紅潮は天に昇ろうとしています。 2016.2.6


akafuji640

子供の頃暗くなるまで遊んでいましたから、消えかかるこの夕焼けを見てあわてて家路を急ぎました。
大宮小のブランコから校庭に誰もいなくなったのに気づき、慌てて走り出し、浅間大社東鳥居から西鳥居を抜けてわが家へと息を切らして駆け込みました。
今でも夕焼けが消えかかるこの頃には、そんなことを思い出します。

記事検索
Amazonライブリンク
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ