へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

文化財

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
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保存会の太鼓がお引っ越し

富士宮囃子保存会の太鼓を引っ越すからと言う連絡をもらったのは3時半。


集合時間は4時だという。慌ただしく準備をして、保管場所の大宮小に向かう。


 



最短距離は浅間大社馬場を突っ切るコース。


境内にはもう祭りの地割りの紐が張られていた。


 



湧玉池は相変わらず水が溢れている。好天が続けば水位も徐々に下がるのだろう。


 



城山区民館にも祭りの提灯が飾られていた。


祭りの中日にはこちらを訪問するが、背景の富士山には雪が望めそうにないな。


 



大宮小の囃子道具保管場所だ。


ここも何年か使わせていただき助かったが、吹き込んだ雨で一部道具にカビが出るなど老朽化による不都合も見られた。この校舎も耐震基準を満たさないということで、手が入るらしい。


 



新たな保管場所は二中の空きスペースをお借りする事になった。


校庭から見た富士山。


 



太鼓に太鼓枠、底抜け屋台と関連の道具など、これにあと少しの道具を置かせていただいた。祭典本部(組み立て式)も祭り後に運び込まれる予定だ。


 


二中の通学区域が祭典実施区と重なるゆえ、PTAからのお願いが効いたようだ。


悩まされた雨漏りもなく、保管には適していると思う。


これからお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします。


 


 


富士宮まつりを広報

秋祭りも間近に迫る10月23日花の湯でワイズメンズクラブの大会があり、懇親会場で囃子を披露する事になった。東日本地域の大会のようで、各地から集まっているようだ。富士宮まつりの広報にはうってつけの機会だ。


 



ダブルブッキングで2区に声がかかってしまい、話し合って両区で出演する事になった。


発表形式を関東ブロックと同じにして、ビデオで祭りのシーンを流しながらナレーションで解説を付け、交互に囃子を披露することにした。


 


懇親会場という事もあり、囃子だけを静かに聴いてもらうというわけにはいかなかったが、忙しく写真を撮る方もあり、祭りの紹介には十分な効果があったと思う。


 








湧玉宮本による「にくずし」の披露








湧玉神立による「屋台」披露






時間に多少の余裕があったので、太鼓を向け合い「競り合い」を再現した。


 



湧玉神立の囃子方


 



湧玉宮本の囃子方


 


祭りまであと10日ほど、練習も重ねたこの頃が発表にはよかった。


 


富士宮市郷土資料館リニューアル

今日は富士宮市立郷土資料館リニューアルオープンでした。


 



場所は富士宮市民文化会館内で以前と変わりませんが、スペースを150%に拡大したとの事。


 



後藤清吉郎資料室と郷土資料館を兼ねます。


以前は文化会館内とは言え、オープンなスペースだったので貴重な展示物の保管には心配もつきまといましたが、鍵のかかる展示室になったので展示内容も以前より変わるかも知れません。


 



今日の式典には関係者が招待されました。


 



市長、教育長の挨拶に続きテープカット。


 



展示物の大日如来座像。


写真では何度も見た仏像なのだが、直接見てなんだか惹かれた。姿形が整っていて美しいのだ。


本来展示品の撮影は遠慮するのだが、今日は新聞各社が入って撮影していたので聞いてみたところ、今日に限ってということで了解を得た。


 



場内の展示風景だ。


 



こちらは後藤清吉郎氏の展示だ。


 



後藤清吉郎氏の日本画。


 



富士山模型


 



剥製


 



埋もれ木、溶岩、火山弾など。


 


富士宮市民文化会館南東の一角にあります。


ご来場の際には覗いてみてはいかがでしょうか。


 


 


22年の富士宮秋まつり - なんとかなるさ

本日も風邪は治らず。


鼻水は止まるも、微熱があってだるい。


夕刻になりなんだか熱くなってきたので、熱が出てきたかも知れない。


店番が帰ってきたら休む事にしよう。


 



昨年の富士宮秋まつりスナップのスライドショーだ。


FLASHを使用しているので、未対応の場合は平成22年秋まつりを御覧下さい。


 


私の所属する湧玉宮本の記録で、役員として参加しているため他区の写真を撮り歩く自由はない。 とは言っても、共同催事場内で競り合ったりすれ違ったりする町内はしっかり押さえておくが。


 


去年の祭りと言えば、新年に囃子仲間、10月に踊り仲間を見送り、なんとも寂しい祭りだった。仲間のお宅の前で踊り、家に山車を向けて囃子を捧げた。元々世帯数120の弱小区なので参加人員も知れたものだが、祭りを一緒に背負っていてくれた仲間が二人も亡くなったのは大きなダメージだった。


参加者数は昔とほとんど変わらないと言うが、 顔ぶれだって変わらないからみんな揃って年をとっているという事。先の事を考えれば暗くならざるをえないが、案外悲観はしていない。


 


出来るようにやればいいのだ。少なければ少ないなりに祭りを楽しめば良い。


最後の一人になったって、希望する子供がいれば囃子を教え、太鼓枠に車輪を付けて子供と一緒に町内を練り歩く。


 


山車を引き回して競り合いをするばかりが祭りではない。


形にはこだわらないのが私流だ。


 


囃子の種をまき、育ててきた。


それが全てだ。


 


囃子披露の方法(提案)

齢還暦ともなると、囃子の発表や披露で出演した事も数知れない。


 


常々感じていた。祭りという場、山車上で囃される祭り囃子を太鼓だけ持ってきて披露する事はその背景にある祭りはどうでも良いという事なのかと。


囃子の曲目も宮参りに歩きながら囃す「道囃子」、引き回しで囃す「にくずし」、競り合いで囃す「屋台」などそれぞれ違う場面で囃されているのを紹介せず、太鼓だけで曲目を披露するのはあまりに手抜きではないか。


 


関東ブロックの郷土芸能大会に富士宮囃子保存会が出演する事が決まった時、会長と相談してビデオとナレーションを背景に流しながら、囃子を順に披露してゆくという形にした。


その時のビデオもいただいてあるが、許可なく引用も出来ないので、昨年富士市で行われた郷土芸能祭での記録でご紹介しよう。


 



背景にプロジェクターでビデオを投影する。太鼓はその前でスポットライトで照らす。


 


リハーサルだ。配置を決め、DVDのチャプターを送って披露の流れを確認した。


 


 






そして翌日の本番。


ビデオ画面が部分しか入らないのが残念だが、流れは判っていただけるだろう。


 


ビデオの画像は、富士宮市が製作したビデオに新たに撮影したビデオを加えた。


 


御田植祭

神田に稲の苗を植え豊穣を祈る浅間大社御田植祭は毎年7月7日に行われます。


梅雨明け前のこの頃は雨に降られる事も多く、今日も天気が危ぶまれていました。


 



参集所から拝殿まで、直行すればほんの2-3分ですが、神田川に沿って南下し、正面参道に向かいます。


 



神田橋手前にさしかかりました。


 



正面参道を進みます。


 



石鳥居を通過する行列。


 



恒例の記念撮影。(サブカメラの画像)


撮影が終わると雨が本降りになった。昨年は撮る寸前に雨になり、雨のかからない楼門前で撮影しました。並べたひな段も無駄にならずに済み、幸運でした。


 



私がかつて在籍した会、浅間大社青年会員の記念撮影。


 



御田植祭が始まりました。


 



額に面を着けているのが田代役。


 



雨は本降りとなった。撮影が済んでいて本当によかった。


 



早乙女たちが田長に合わせて拝礼します。


 



青年会員が祭田奉耕者に合わせて拝礼します。


 


昨年に続いての雨の中を、この後隊列を組んで神田の宮に向かい、田植え舞を奉納して御田植え神事を行いました。


 


 


23浅間大社流鏑馬祭報告5月5日

流鏑馬祭当日。


 


 



社務所前での準備。向かって左手に神職、右手に氏子代表、手水をとりに並ぶのが射手代官。古式射手はカメラの位置に前後2列に並んでいる。


 



拝殿で神事が始まった。氏子代表の方々だ。


 



神事終わりに、「行い」を行う射手に弓矢が手渡される。


 



今年の古式流鏑馬は神事のみ行うという事で、古式流鏑馬の「本乗り」も小笠原流流鏑馬も行われない。それで柵が建てられていないところで古式流鏑馬の儀式が行われる。


例年と勝手が違うので、打ち合わせも入念に行われる。


 



「馬あらため」は本来5人の射手がそれぞれ馬に乗り行うのだが、略式で馬は1頭。4名の射手は整列して行った。


 



射手代官の上げ状奏上。


 


そして古式流鏑馬の「行い」が始まった。



弓の弦を確かめる。


 



天を指し、回る。


 



地を射し、回る。


 



左前、左後、右前、右後の地を狙った後、的を狙って矢を射る。


 


 



古式流鏑馬「行い」を行ったのが佐野昌輝君。

今年は大震災に関連して流鏑馬祭が神事のみに縮小され、


せっかくの「行い」の大役なのにさぞかし残念だろうと思いましたが、「こんな時に大役が回ってくるのも自分にとってはよい記念です」と答えていました。

例年小笠原流流鏑馬が写真入りで報じられるのですが、今日の新聞の記事では、まさに流鏑馬祭の主役として「行い」が載っていました。

良い記念だね。

 


 


23浅間大社流鏑馬祭報告5月4日

今年の浅間大社流鏑馬は東日本大震災を考慮して、神事のみを行う事となりました。


 



富士市にある水神社脇の富士川川原に向かう。


 



川原祓いを行う。


 


 



水神社にて神事を行う。


 


 



馬場祓い


通常柵で仕切られた馬場を馬に乗って祓うのだが、今年はその準備もない。


 



流鏑馬祭前日祭を拝殿で行い、その後古式射手に委嘱状が渡された。


 


 



末社巡拝の1番目は小泉の若宮八幡。


古式射手の玉串奉奠。


 


 



末社巡拝の2番目は淀師金の宮。


古式射手の玉串奉奠。


 


 



末社巡拝最後は福地にある冨知神社。


お祓いを受ける。


 


 



浅間大社に帰着すると馬場では古式流鏑馬の「行い」を練習していた。


例年なら馬に乗って行うところだが、今年は馬は当日のみ。


 


富士山の日富士宮囃子披露

富士山の日の催しが行われるというので、昨夜浅間大社に出向いた。


 



境内にはソーラーライトを使用した灯籠が並び、子供達が描いた絵が浮かび上がっている。


 



ソーラーライトのLEDの灯りは仄かで境内の照明で目立たないとは言え、外部の照明をコントロールできればなかなかの風情だ。


 



神社での正式参拝。


 



いよいよ囃子披露が始まった。


 



左側スクリーンにビデオを投影し、祭りを紹介しながら順に囃子を披露してゆく。


ビデオは以前富士宮囃子保存会が、関東ブロック民俗芸能大会に出演した時に制作したもの。


囃子のみ披露する事は、その囃子と一体である祭りを切り離して囃子の母体である祭りを伝えられない。だから説明と祭りの紹介を組み込んだビデオを作ろう。


そう言った趣旨から作ったものだ。


 



囃子を披露してくれたのは、浅間大社青年会囃子同好会の面々だ。


お祭りではそれぞれ別の町内で囃子を指導している。


浅間大社青年会に集う仲間として、ともにお囃子を研鑽している。


 


 






お囃子披露をビデオで撮影した。


 


富士宮市文化財視察

9日から発熱して寝込んでしまった。


思えば風邪が発症した8日が富士宮市文化財保護審議会の視察の日だった。


花粉症が今年はやけに症状が激しいと最初は思っていたのだが、どうも違ったようだ。


 


視察の報告がまだだったので、とりあえず写真でご報告する。



視察場所は下条の妙蓮寺


南条氏の居館跡に妻妙蓮尼の一周忌供養のため建てられたという。


 



1780年に建てられたという下庫裏は、現在も住宅として使われている。


 



大庫裏には合計百数十畳にもなる大小9部屋の座敷がある。


 



すでに市文化財指定を受けている客殿。


 



樹齢約600年と言われる山茶花が、寺の歴史を物語る。


 


 


鼻水は止まり熱こそ下がったものの、今度は喉が痛む。


症状が一巡しなければ風邪も完治しないかな。


 


 



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