へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

科学

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

虹とPLフィルター

少し霞むようなもやっとした天気ではPLフィルターを使って画面を引き締めることがある。


良く晴れた日には空の色が強調され、驚くような深い青色に写る。


 



こんな具合だ。


 


出初め式の放水を撮っていて気付いた事がある。



放水が始まって間もなくだから、川岸の石積みもまだ乾いている。


しかし実景とファインダーを交互に見ていて気がついた。


実景では見えている虹が、ファインダー越しでは消えているのだ。


 



そうだ!PLフィルターのせいだ。


 


PLフィルターは偏光フィルターとも言い、光の振動する方向を制御することにより透過光を制限し、反射光をカットする事で水中を見やすくするため、魚釣りにも使われる。


制御する方向により見え方が変わる。


水面反射もフィルターの角度により軽減されるが、角度によっては強調される場合もある。


 


今回の虹の場合も、フィルターの角度が反射される光をカットする方向になっていたからで、フィルターを90度回転させたら虹がみごとに強調された。


 


肉眼では見えている虹が、写真に撮ったら不明瞭でがっかりする事が多いが、一眼レフならPLフィルターで虹を強調する事も出来る。


 


憶えておこう。


 


 


 


越冬中

夕食時にテーブルの上にルリタテハが舞い降りてきた。


ホットプレートで焼身自殺でもあるまいが、手を出したら逃げるでもなくそのままふんわりと収まった。


 


ルリタテハというのはタテハチョウ科の蝶で、成虫で越冬する。


越冬中も暖かな日には飛び回ると言うから、暖かな日にわが家に迷い込んだ物だろう。そう言えば昨日エアコンをかけて部屋を暖めた時に何かがしばらく飛び回っていたが、あれがそうだったのだろう。


 


窓から放ったら飛び去ったが、この寒さだ。


どこで寒さをしのぐのだろうか。


 


サイト更新

5月末から構築中の新サイト”henporai.net”だが、複数サイトに分散していた記事をここにまとめ、将来的には地元を紹介する図鑑のようなものにしようと思っている所だ。


 



初期の画面だ。


現在はxpwikiに多くの項目を設定したので、それが主力になっている。


”xpwiki”を”おもちゃ箱・書庫”としていたものを”へんぽらい図鑑”とした。


どうしても写真主体になるからだ。


 


ゆくゆくは”富士宮大図鑑”を名乗れるように大事に育ててゆきたいと思う。


その名前にふさわしいものが出来た時には、”ふじのみや美図”のような別サイトに移転するかも知れないが、今はへんぽらいの興味を集約する作業を行っている。


 


xoopsサイトは様々なモジュールを導入できる利点があり、どうしてもコンテンツ過多になりやすい傾向がある。


必要最小限のモジュールと言えば、”xpwiki”だけでも良いのかも知れない。


でも画像登録と引用で"マイアルバム"、自由に意見交換が出来る”フォーラム”の3つのモジュールで、とりあえず運用してゆくつもり。


 


henporai.net”にご訪問頂き、”へんぽらい図鑑”など御覧の上”フォーラム”などにご意見をいただければありがたく思います。


 


君が変わる時

 



芋虫毛虫が蝶になる。


それは醜いアヒルの子が白鳥になるよりも大きな驚きではないだろうか。


 


羽化したばかりのアオスジアゲハだ。


 


黒光りする翅の地に、水色からうす黄色までのグラデーションが鮮やかだ。


 


人の変化を喩えるならそれは変身だが、昆虫の場合だと変態と呼ばれる。


変態には幼虫から蛹になる蛹化と、蛹から蝶になる羽化があるわけだが、一番大きな変化は一体いつなんだろう。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 



羽化は最終的に蝶になる場面だが、その翅も眼も触覚も脚も、蛹の時代から殻の中に


用意されていたものじゃないか。


時間をかけて熟成し、殻を脱ぎ捨て翅を広げたに過ぎない。


 


 



 


 


 


蛹化の連続写真をgifアニメにしたものだ。


幼虫時代の皮を脱ぎ捨てると、そこにはすでに成虫になるための各部位が割り振られている。


 


蛹化は家造りで言ったら上棟式みたいなもの。


すでにある設計図に従って骨格を組み上げるようなものじゃないだろうか。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 



幼虫の体から成虫の体への見た目の変化は、やっぱり蛹化だろう。


でもその変化のための準備は、蛹になる直前の前蛹の時に行われている。


 


食べた餌を吸収し、糞は全て排出しゼリーのように半透明になった。


糸を吐き、蛹になる足場や体を取り巻く帯も用意した。


そして遺伝子に組み込まれた設計図の通りに、内部で成体の部位を組み立てているところだ。


見た目には判りにくいが、変化のための大きな仕事は深く静かに行われている。


 


動かぬ時変わらぬ時、それはひょっとすると大きく変化するために着々と準備を進めている時かも知れない。


 


大きな変化には、どうしても準備期間が必要なんだろう。


 


スランプってたぶんそんなものかも知れない。


 


枯れ木に花を咲かせよう

触れただけで倒れたという銀杏は、富士山の縄状溶岩の上で深く根を下ろすことも出来ず、周囲に根を広げることもままならなかったのだろうか。


 


同じような老木の倒れたのを見たことがある。


それは浅間大社境内、天神社隣の椎の大木だった。


早朝いきなり倒れ、浅間大社境内透き塀をかすめて少し破損させたと言うが、人や車には被害が及ばなかったという。


 



これがその椎の木の根本だ。


ちぎれて小さくはなっているのだろうが、周囲に張り出すべき根張りがあまりにも小さい。


すぐ下は縄状溶岩で深く根を下ろすことは出来ないが、広く根を張り出すにはスペースが確保できなかったのだろうか。


 



この老木の枝分かれした部分には他種の若木が着床していた。


 


幹の下部には枝が朽ちたような穴があり、そこに潜ろうとするヘビの姿も見たことがある。


上部は案外しっかりしているようだが、根や幹の下部では腐朽が進んでいたのだろう。


 


この木が倒れた一月ほど後に、少し西側の老木も倒れたそうだ。


その頃は浅間大社の神職も上級職が相次いで亡くなっており、まさに世代交代を思わせるものだった。


 


芯部が腐って空洞を生じた樹が、形成層が活発化することで空洞を覆い尽くし樹勢を盛り返すという話も聞く。


 



この老いたシイの大木は以前根本に人が入れるほどの芯部の腐朽による大きな空洞があったそうだ。ある時この空洞に誰かが火をつけ、腐朽部分を伝って上部に開いた多くの穴からも火を噴き出し消火にはとても手間取ったと、以前消防署に勤めていた役員さんから聞いた。


腐った上に火事に遭い、枯れるとしか思えなかったこの木が、なんと空洞を覆い隠すほどに樹勢を回復したのだという。


 この不思議を目の当たりにした氏子達が、この木を御神木に定めたという。


 


枯れた木が幼木のベッドとなり若木を育てる。


倒木更新、切り株更新という話を屋久島で聞いてきた。


 


半分死んでも半分生きているというような状態で、そこに根付いた若木が旺盛な生命力で生長していったら、元の木と融合して一つになることもあるらしい。


 


枯れそうだからと簡単に伐採するのも考え直し、危険がないようなら生かす方策を試みたらどうなのだろう。


 



信長の首塚と言われる西山本門寺の大ヒイラギだ。


枯死が危ぶまれたが、幹から生えた枝が勢いよく育っている。


樹勢を回復してさらなる年輪を加えて貰いたい。


 


昔読んだ易の言葉に「古楊ひこばえを生ず」と言うのがある。


枯れたと思った楊(やなぎ)の根元から新たな芽が生えた。それはとても目出度いということ。


実生の若木はすべてこれから幹や葉や根を伸ばし、少しづつ成長していかなければならないが、ひこばえはしっかり踏ん張った元の木の根がある。


その成長は比べものにならない。


 


簡単に新しいものに植え替えるというのが昨今の風潮だが、人よりずっと長くその地に生きてきた木を思い、見守ってやることも一つの方法ではないだろうか。


 


 


思い切った見直しを - 宮本区文化祭

7月10日と11日は宮本区の文化祭だった。


例年別に行っていた道祖神祭りも、日程を合わせた。





氏青全国大会での囃子披露もあり、文化祭の日程自体もそれに合わせることになったものだ。


 



7月11日は文化祭展示を引き続き行い、午前中は煎茶道の家元にご指導をいただく。


 



午後1時から道祖神のお祭りを行った。


道祖神の右側に並んでいるのは、織田信長が腰掛けて富士山を眺めたと言われる「富士見石」で、道祖神の右肩あたりにその由来が掘ってある。


 


道祖神祭りの後は区民館でフラダンスの披露やカラオケ大会。


生ビール、かき氷や焼きそばなども用意され、夏の納涼企画は賑わった。


 


世帯数が減る一方の弱小区では、恒例行事もただ惰性で行われる傾向にあり、担当者一人が苦労ばかりを背負い込むのでは先行きは見えている。


本来楽しむための行事が苦痛になってしまったら意味がない。


 


行事の統合など原点に帰っての見直しは必要だろう。


 


 


屋久杉の森に分け入る - 屋久島ツアー報告-3

紀元杉から少し戻り、ヤクスギランドを見学。


 


正直言って、場末の遊園地じゃあるまいにこのヤクスギランドという名前は何かそぐわない。


名前を聞くだけで、あまり期待はできないんじゃないかと思った。


しかし歩道や手すり、説明を聞くところにはぬかるみ対策だろうか石版が埋め込まれ整備されている。こう言ったものを見るとむやみに人が自然に立ち入らぬような気遣いも感じられ、名前から受けるがっかり感を少し見直した。


 



入り口にいたヤクシカだ。ここまで上ってくる途中でも何匹か遭遇していたが、人慣れしているのか落ち着いた物だ。ガイドさんが言うには人の数ほどヤクシカもいるのだそうだ。


 



昔の屋久杉伐採跡


当時は大きな材木として伐られたようで、用材に適する根本を除いた少し高い部分で伐られている。伐った屋久杉は屋根材用に板に挽き、人が背負っておろしたという。


巨木の大きさを活かすのではなく、小材をたくさん得るために伐られたと言うのは少し悲しいが、運び出すことも難しい険しい山奥だ。無理もないか。


300年ほどの時を経て、切り株には新たな種が根付き成長している。


 


花崗岩に覆われた山肌では養分に乏しく、倒木や切り株は豊富な養分を持つ格好の培養地だ。倒木から新たな木が育つことを倒木更新、切り株から育つことを切株更新と呼んでいる。


 



双子杉


切株の上に2本の杉が切株更新で育った物。異なる樹種も絡みつくように共生しており、数百年も経てば狭い切株の上で融合するのではないだろうか。


 



くぐり杉


元々2本の木だったが、右側の木が倒れかかり左側の木と上部で合体している。


 



木漏れ日の中を進む。


雨なら雨具をまとっての見学らしいが、蒸しもせず風が心地よく天気には本当に恵まれていた。


 



倒木や切株といった朽ち木を豊かな土壌としての輪廻転生、そして融合。


悠久の時と自然に対する畏怖の念が屋久杉を守ってきたのだろう。


 


1993(平成5)年に世界自然遺産に登録された。


 



見学コースを抜けた道路際の朽ち木の中に芽生えを見つけた。


どこに生じたにしても、育つ枯れるは運の善し悪し。


人の手によって寿命が縮められぬよう祈りたい。


有るがままであれ。


 



下山するバスの窓からヤクザルの親子を見た。


案外人慣れしているのか道路際にいたが、際を乗用車が通り抜けるとさすがに危険を感じたかその後山側に後ずさった。


 



宮之浦港から船で指宿に戻る。


山頂部の雲はまた増えたようで、好天の元で見学できたのは本当に幸いだった。


 


来るときには高速船で1時間15分だったのが、帰りは2時間10分かかる。


理由は直行ではないからで、指宿から来た船は種子島に立ち寄った後に指宿に戻るからだった。


 


今度機会があればじっくりと時間をかけて歩いてみたい。


ウィルソン株や縄文杉など、まだまだ見たい物があるからだ。


 


自然を壊すのも人なら、守るのも人。


次の訪問は20年後の結婚50周年かな。


 


どうぞそのまま変わらずにいてください。


 


 


参考


屋久杉自然観ホームページ


 


 


いざ屋久島へ 屋久島ツアー報告-2

屋久島ツアーの2日目は日帰りで屋久島を周遊する。


ウイルソン株や縄文杉と言った屋久杉を見るには、山道を何時間も歩かなければならず、日帰りは難しい。


日帰りの制約の中でバスで移動して名勝や屋久杉を見るには、行動範囲が限られてしまう。


 


正直言って、それほどの期待はしていなかった。


 



指宿港だ。対岸左の建物が宿舎の指宿シーサイドホテル。


 



宮之浦港に着いた。船は乗ってきたtoppy号。


山に雲はかかるが、日射しはまぶしい。



千尋(せんぴろ)の滝。大いなる岩盤を穿ち流れる川と滝も見事だが、迫る一枚岩の山肌が実に雄大だ。岩肌に昨日の雨の名残がしたたり流れている。


 



大きな岩も、少しずつ剥がれるのだろうか。


 



別の展望台に移ったとき、にわか雨に襲われた。


岩肌が雨に濡れ、光る。


 



屋久杉を見に行く前に昼食休憩。


日射しはまばゆく輝く夏の空だ。


 



紀元杉まではバスで行ける。


道の脇の上部が枯れた大木が紀元杉だ。


 



根元を一回りする歩道がつけられている。


枯れた杉に着生した他の植物も見える。


 


枯れて倒れた木や切り株、その上に芽生えた様々な樹種が屋久杉の謎を解く鍵になるとか。


 


 


 


思い切りよく捨て去ることも - iMac購入

OSのバージョンアップを兼ねてついでに基本ソフトも購入しようとアップルストアーからセットで購入した。

ところが、インストールしようとしてもどうもおかしい。

悩んだ末にパッケージの説明を読んで、Intelmacでないと使えないことが判明した。

買う前にサイトをよく読めばよかったのだが、後の祭りだ。




PhotoshopCS2をCS4にバージョンアップすれば新たに発売されるCS5に無償バージョンアップができるということだったので、CS4にバージョンアップしてCS5の発売を待っていた。

ようやくCS5が先日届いたのだが、これもIntelmac専用ときた。




iPhoneやiPadで動くアプリを作成するためのツールキットがあるというのだが、これもIntelmacでなければ動作しないとのこと。



「これは・・・。」と悩んだ末にIntelmacで比較的安価なものを購入することに決めた。

新機種だとOSは最新のものがつくので、購入したものが無駄になる。

そこで、OSがまだ古い少し前の機種を、ヤフオクで落札し購入することにした。



最新のOSと基本ソフトをインストールし、旧機種での通常の使用環境に構築している途中だ。ソフトをいくつか更新しなければならなかったので、思いの外費用がかかった。

動画がさくさく動く。フラッシュのゲームも快適だ。

これなら、私の場合はBootcampでWindowsをインストールしなくても別に不便はない。



それにしてもappleの思い切りの良さには驚く。

Intelmacが出たときに同業者と話したことがある。

それ以前の最新機はG5というCPUだったのだが、G6はいつ出るんだろうという話になり、こう答えたのを覚えている。

「IntelのCPUを選んだ時点で、appleはPowerPCを見限ったということですよ。G6は無いでしょう。」


 


しばらくは互換性のために旧機種のために大規模な機能アップが図れないもののようだ。


しかし時至れば古いものを思い切って切り捨てる。


その姿勢こそが、最新のテクノロジーを活かすことにつながっているのだろうな。

 


iPhone,iPadといったまったく新しいツールの、手で触れば動かせるという直感的な操作は、ホームコンピュータの将来像を予感させる。


居間のセンターテーブルに置かれたフラットなパネル。大きなiPadだ。


これでニュース、雑誌、書籍を読み、メールを送受信し、インターネットを閲覧する。


ゲームも動画もできれば、表計算、ワープロだってできる。


フォトアルバムだって呼び出せば、スライドショー表示もされる。


どれもすでにiPad上で出来ることだが、携帯性に縛られない自由な大きさから新たな可能性も生まれてくるのではないか。


 


それからiMacだ。


キーボードが無くなり画面がタッチ操作できるようになれば壁掛けにもテーブルにもなれる。


たとえば壁にかけてのテレビ電話。


 


iPhone,iPad,iMacなど特徴から新たな可能性を追求していけば、携帯電話とパソコン機能全てを併せ持つ大きなiPadにたどり着くのではないか。


 


その用途は限りなく広い。


 


 


メダカの子供達

裏庭のベランダでメダカを飼っている。



発泡スチロールやプラスチックのコンテナ、まあ飼育容器は水が張れれば何でも良いのだが。産卵用のホテイアオイを浮かべている。


 


今年生まれた子メダカが順調に育ってきた。






携帯電話のカメラで撮ったのであまり明瞭ではないが、稚魚の活発さはよく判ると思う。


 


これから続々と稚魚が育ってくる。



親メダカも様々な色と形質を持つので、どんな子供が育ってくるか楽しみだ。


水質悪化には気をつけながら、子メダカが育つのを楽しみに見守ろう。


 



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