へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

竣功

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

富士山頂滞在記 竣功奉告祭その2

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深夜屋根を叩く激しい雨音に竣功奉告祭の天候を心配したけれど、明けてみれば陽射しも青空も見えます。




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登山道を眺めると、山頂を示す鳥居の先で国旗に東北と大書した旗を広げ、登ってくる人を激励している人が居ます。高校生の登山隊が登ってくるので応援して貰えないかと一般の登山者にも頼んでいました。



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登山道を見ると、九合五勺の上と九合の上に隊列を組んで登る団体が見えます。
どうやらこれがその高校生の団体のようです。




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竣功奉告祭の準備は神饌が到着したので準備は完了し、参列者の到着を待ちます。




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奥宮周囲から写真撮影。



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一見空撮に見えるこの写真ですが、奥宮近くの三島が岳から9:43に撮影したものです。
どうやら先ほど登山道を登っていた、高校生の一団らしいですね。




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アップでその一団を撮りました。

この日下山してネットで見つけたのですが、福島民友ニュースがこの高校生達について書いていました。「富士登山、27日に山頂へ 田部井淳子さんと福島県の高校生ら

以下引用します。=================================
 東日本大震災を経験した本県など被災県の高校生が富士山(3776メートル)登頂に挑む「東北の高校生の富士登山2016」で、参加者が26日、静岡県富士宮市の富士宮ルートで登山を開始した。5合目から登り始めた参加者は6合目にある山小屋に無事到着。天候によるが、27日午前3時ごろに山小屋を出発、同10時ごろに山頂に着く予定。

 東日本大震災の復興支援で2012(平成24)年に始まり、5回目。三春町出身の登山家田部井淳子さん(76)が総隊長を務め、本県の90人を含む高校生93人が参加している。山と渓谷社・日本山岳遺産基金、田部井さんの主催、福島民友新聞社などの後援。

 登山に先立ち同県裾野市の水ケ塚公園で開会式が行われた。田部井さんが「一歩一歩登っていけば必ず頂上に着ける。諦めずにみんなで頂上に立とう」とあいさつ、全員が登り切ることを誓った。
===============================引用ここまで。



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そうこうしているうちに、ようやく参列者が到着したようです。




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竣功奉告祭が始まりました。



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宮司祝詞奏上



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能楽奉納



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直来



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下山前に記念撮影しました。



明治以来百余年を経て、本殿以下全ての社殿を解体しての大造営でした。
この先あったにしても、どれだけ先になるか見当もつきません。
関係各位の努力と、浄財を寄せられた皆様のご協力あっての大事業です。

無事に竣功された事を、心よりお祝い申し上げます。



富士山頂滞在記 目次 : へんぽらいの祭り談義

富士山頂滞在記 竣功奉告祭その1

浅間大社奥宮で竣功奉告祭が行われるというので、取材しに出かけました。
平成23年3月の大地震が連続した時、奥宮が激しく損壊しました。翌24年から改修工事が始まり、28年7月にやっと完成。

どのぐらい変わったか、8年前に浅間大社青年会の囃子奉納登山で登った時の写真がありましたので比較してみました。

奥宮前

前面から見た現在の奥宮(上)と8年前の奥宮(下)




駒ヶ岳

駒ヶ岳から見た現在の奥宮(上)と8年前の奥宮(下)




朝日岳

朝日岳から見た現在の奥宮(上)と8年前の奥宮(下)
手前石積みの小屋と比べると、本殿手前の棟の屋根が高くなっているのがよく判ります。



拝殿

拝殿での参拝で現在の奥宮(上)と8年前の奥宮(下)
広さは変わっていないけれど、白木の材がきれいです。



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以前の奥宮は強力さんが背負って運び上げる材木で作られていた事もあり、天井が低かったのですが、その制約もなくなって天井が高くなりました。








富士山頂滞在記 目次 : へんぽらいの祭り談義

富士山頂滞在記 浅間大社奥宮

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浅間大社奥宮(富士山本宮浅間大社サイト)より引用
奥宮

例祭:8月15日
表口(富士宮口)から上りつめたところの山頂に鎮座します。御祭神は浅間大神(木花之佐久夜毘売命)を主祭神とし、相殿神として父神大山祇神、背の君瓊々杵尊をお祀りします。 7・8月の開山期には、神職が奉仕し、国家安泰、氏子・崇敬者・登拝者の安全を祈念するほか、家内安全等の諸祈願、結婚式の奉仕、お札・お守りの授与、金剛杖・行衣等の御朱印の授与も行っています。





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奥宮を東側より見たところです。
向こうに剣が峰が見えます。



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奥宮西側の剣が峰より奥宮を望む。



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奥宮正面入口上部です。



平成23年3月11日の東日本大震災と4日後に起こった富士山南中腹を震源とする大きな地震で、奥宮は大きく損傷しました。
石積みの歪み、柱の傾き、接合部の離脱などが著しく、使用もままならぬ状態になったので、本殿以下全ての社殿を解体し御造営することとなったそうです。
平成24年8月20日に奥宮造営工事奉告祭を行い、翌25年8月16日に社務所上棟祭、9月20日社務所竣功と仮殿遷座祭。
平成26年7月15日幣殿・拝殿・休憩所解体清祓い式、8月17日拝殿・休憩所上棟祭、9月20日拝殿・休憩所竣功。
平成27年7月4日本殿解体清祓い式、8月5日本殿・幣殿上棟祭、9月15日本殿・幣殿竣功、本殿遷座祭。
そして今年平成28年7月27日に本殿竣功奉告祭が行われます。


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入口を入ると正面に見えるのがこの光景です。



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奥宮の扁額



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両扉は周囲を新たに縁取られました。
こちらは「國鎮」。


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こちらは「無上嶽」。



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梁も燈籠もきれいになりました。



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朱印集めを始めるなら富士山頂からと決めていましたので、奥宮で朱印帳をいただきました。



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奥宮と久須志神社の御朱印は開山期限定ですので貴重です。
そして両社の申年御縁年の朱印も12年に一度だけですので、これもまた貴重。
下山して浅間大社でも御朱印をいただきました。
山頂の朱印の色が通常の朱色と違うのは、山頂の御朱印が朱肉に富士山の霊石を砕いて混ぜて作られているからと言われます。

とても良い記念になりました。



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「頂上浅間大社奥宮」の標柱が7月19日に建て替えられ、国旗掲揚ポールが7月20日に替えられました。



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東より少し離れて奥宮を望んだもの。
奥宮右手の高まりは浅間岳3722
向こう側左の高まりは三島岳3734
向こう側右の高まりは剣が峰3776
画面では切れていますが、奥宮左の小さな高まりは駒ヶ岳3718

火口周囲の8つの高まりを廻るのがお鉢巡りです。



◎もう一つの奥宮

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立派な石柱に「富士山頂上浅間大社奥宮」の文字、でも様子がなんだか違います。
実はこちらは吉田口、須走口の頂上にある久須志神社です。


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入口上部にも「富士山頂上奥宮」と書かれており、久須志神社の表記は見つかりません。


どちらも「奥宮」と書かれている事で、山頂の待ち合わせには注意が必要です。
静岡県側富士宮口・御殿場口頂上か、山梨県側吉田口・須走口頂上かをはっきりとしておかないと、いつまで待っても会えない事も。8年前の登山では、そんな光景を目にしました。



====参考までにWikipedia(富士山本宮浅間大社)より「奥宮」部分を引用します。=====

奥宮
富士山頂上奥宮は富士山村山口登山道頂上に鎮座する。奥宮境内地の全てが富士箱根伊豆国立公園の富士山地域の「特別保護地区」に指定されている。元は富士山興法寺を形成する大日堂であったが、神仏分離令により仏像が取り除かれ、跡地は浅間大社奥宮として管理されることとなった。大日堂は「表大日」と称され、薬師堂は「裏薬師」と称されるのが慣例であった。
奥宮境内には「冨士山頂上淺間大社奥宮」と書かれた石碑が建てられており※、山頂のシンボルとなっている。山頂の薬師堂は山役銭の徴収場の役割を担っていたが、廃仏毀釈により浅間大社の末社となり、久須志神社(東北奥宮)として管理されることとなった。
浅間大社奥宮の御扉には大きく金色で「國鎭無上嶽」と書かれ、建物内には「高齢者記帳所」が設けられている。7月11日に開山祭を行い、8月末まで神職が常駐して祭事やお守り等の授与を行う。奥宮の例大祭は8月15日に行われる。9月の閉山祭以後は、翌年の開山まで無人となる。

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※奥宮と書かれた石碑は久須志神社(東北奥宮山梨側)で、木の標柱が奥宮(静岡側)です。


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文中にある神仏分離令により取り除かれた仏像でしょうか。三島岳の麓に集められていました。


富士山頂滞在記 目次 : へんぽらいの祭り談義

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