へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

笛吹き

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

いつか見た光景

中日(湧玉宮本では最終日)の引き回しを終えて会所前に帰った際、囃子の先輩に会いました。
昨年会った際には病状の悪化が見て取れるほど弱々しく見えたのが今年はずいぶんと恢復し、明朗快活な昔の先輩に戻ったように思えました。

ふと思い出したのは、私がまだ現役の笛吹きだった頃のことです。
T字路の枝道だったから三区の競り合いだったと記憶していますが、まさに競り合いが始まろうという時にバッグを置き忘れたと言って山車に乗ってきたのが囃子の先輩。後にしてと言うも聞かず、競り合いが始まってしまい、仕方が無いのでしゃがんでいてくれと言って競り合いに集中しました。その間先輩は囃子場の中ほど少し後ろに胡座をかき、目を閉じて競り合いを味わうように聴いていました。

私が笛の手ほどきを受けたのが、この先輩でした。
囃子を始めたのはそれより数年前でしたが、この先輩が笛を吹くのを見たのはたったの数回。
当時は気まぐれな笛吹きのために、囃子はほとんど笛の無い状態。

それでも先輩が競り合いで笛を吹いた貴重な8弍撚茲残っていました。

昭和54年頃の松山区との競り合いで、松山の屋台上から撮られたものです。
宮本の屋台の中で笛を吹き、顔こそ見えませんが時折笛の音が聞こえます。
競り合いを終えての三本締めで、初めて画面中央の上辺に先輩の顔が見えました。


その後昭和57年に、屋台は山車に復元されました。
57miyamoto-800

笛を湧玉会の有賀さんにお願いしたのは、笛吹きである先輩がもう祭りに出ない状況だったからなのかな?先輩が競り合いで笛を吹いていた時代は競り合いが自粛されていた時代で、昭和50年頃から自粛緩和の萌しがようやく見え始めたところでした。

せっかく山車が復元されたというのに、山車での競り合いは経験することが出来なかったことは囃子方としてとても大きな心残りだったのでしょう。



PNTX1018-800

今回は競り合い前に山車を下りそびれて、こんなすてきな場面に出会えました。
元囃子方にとって競り合いの囃子場は夢の場所なのかも知れません。
今思えば、先輩が嘘をついてまで乗り込んできたのも判る気がします。

卒業を前に最高の経験が出来ました。


PNTX1179-800

こう言った記念撮影を撮るのも、今年が最後かな。



PNTX1182-800

お姉様方、お疲れ様でした。









湧玉宮本と湧玉琴平 : へんぽらいの祭り談義

笛玉と二丁笛

近年教えもしないのに笛吹きが増え、私の居場所がなくなりました。
教えなかったのは別に笛吹きの座に固執したとか意地悪では無く、私の笛が教わったものでは無いからです。
地元町内の笛吹きに教えを請い、手ほどきを受け始めた所でその師匠が出奔してしまいました。
やむなく、菓子折を持ってあちこちの町内に笛を教えていらっしゃる名手の門を叩きました。
祭りが近づいたら声をかけるからとのことで、それを心待ちにしていたのですが、いざ声がかかった時、地元で中学生に囃子を教えている最中。
要領よく予定を割り振れば行けないことはなかったのでしょうが、それができずにとうとう行きそびれてしまいました。


https://www.facebook.com/masanori.sano/videos/997955996929076/">

富士宮市教育委員会制作「民俗無形文化財 富士宮ばやし」より1/3富士宮まつりの解説と湧玉会による囃子演奏が記録されています。

Posted by 佐野 雅則 on 2015年10月5日

「囃子は盗め」と言いますが、盗む参考にしたのが富士宮ばやし保存会湧玉会の演奏が写っている8ミリ映画でした。
この映画を作る際に演奏を録音したカセットテープがあり、それをコピーして貰い耳コピーで旋律を覚えました。
邦楽の音名は判りませんからドレミに置き換え歌って覚えました。
指使いはまさに手探りで覚えたものですから、どれだけ違っているか冷や汗もの。
だから我流の笛を、教えることは出来ませんでした。
希望するものには笛を与えましたが一切教えることはせず、その代わり見て覚えるよう練習では休むことなく吹き続けましたので、その結果女子数名が笛を覚えました。

image

今日の練習風景です。
女子とは言え、気管支の弱い年寄りよりはよっぽど大きな音がします。
おや?と思ったのは、二人で吹いている時高音を張り上げ長く伸ばす音が細かく強弱に震えることです。これの事かと思いだしたのが、昔年寄りに聞いた二丁笛のこと。
うちの町内では笛吹きは昔から貴重な存在で、二人一緒に吹くことはめったに無かったようです。
そのためかご老人に聞かされた二丁笛のことも、その素晴らしさを語る時には目を輝かせ、なかば伝説化していました。

笛玉のことは師匠の門を叩いた時に師匠の親父さんから聞かされました。
親父さんもやはり笛吹きで、昔頼まれて吉原の祇園祭に笛を吹きに行ったそうです。その時、笛玉を吹いたら地元の笛吹きがどうやって吹いているか目を凝らして見ていたと楽しそうに笑い、そして全曲通して笛玉で吹く事が出来たんだと自慢げに話してくれました。

先輩からも笛玉のことはちょっぴり聞いたことがありますが、具体的にはどんなものか良くわかりません。音の断続らしいということで、唇に力を入れて見たりもしましたが綺麗な音にはなりませんでした。

師匠が他所の町内に笛を教えた帰りに会所の前を通りかかり、外に居た私を見つけると立ち寄ってくれました。
「吹いてみな。」
初めての稽古です。
緊張しながら、言われるままにテープで覚えた笛を吹きました。
何を勘違いしたか、ろくに音も出せない中学生が一緒に吹き始めました。
邪魔をするなと拳骨をくれたい所でしたが、我慢して吹き終わると、
「すっかり盗まれちゃったなぁ。」
師匠はそう言って笑いました。
その時に笛玉のことを聞きました。
「舌を上あごに近づけ、息の通り道を狭めて吹くんだ。」
狭い所を息が速く通ると、舌が波打ち息が断続する。
ホイッスルのコルク玉が息を断続するから、
「ピリピリピリ」と鳴るのと一緒です。

師匠が「富士宮ばやしの笛今昔」でこう述べていらっしゃいます。
「今年の祭りには私は各区のおはやしを聞きながら西から東まで足を運びました。それをテープに録音して楽しく聴かせていただいております。惜しむらくは、遠くまで聞こえる笛の音、又玉入を吹く笛吹きが一人も無かった事がとても残念でした。」

それを読んで以来、綺麗な玉入れを吹くことが私の目標になりました。


理屈では判っても、綺麗で明瞭に断続させるのは難しいもの。
この歳になってやっと無理なく出るようになりましたが、今度は息がもちません。

何時の日か完璧な笛玉を吹き、それを記録に残したい。
私のささやかな夢です。


記事検索
Amazonライブリンク
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ