へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

護摩焚き

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

視点 富士山山開きより

7月10日富士山山開きからピックアップした写真をご紹介します。


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 爽やかに晴れた空にほうきで掃いた様な雲が。



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大金剛杖
 浅間大社拝殿まで、行列を先導する大金剛杖です。


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不動明王像
 水垢離場水の落ち口には山伏修行のときの主尊とされる不動明王の石像が安置され、水垢離を見守ります。




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水垢離
 ほとばしる冷水に打たれながら、心身を清めます。



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 点火用松明に火がつけられ、大きな炎が上がりました。



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 風があれば流される煙ですが、ふと風が止まると煙はねじれながら回りながら柱状に昇ります。
 煙の中に様々な形が浮かびますが、それも一瞬で消え変わって行きます。




視点 ちょっとずらすと面白い! : へんぽらいの祭り談義

護摩焚き神事 村山浅間神社

富士山村観光情報 冨士山お山開きによれば==================================================
村山浅間神社では「冨士山入山式」と共に「みそぎ神事」、「護摩焚き神事」が行われます。「禊(みそぎ)神事」では冨士山信仰の行事としてかつて修験者が富士登山の前に神社の水垢離場にて身を清めたように、地元の青少年達がふんどし姿で水に打たれて身を清めます。
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とのこと。
平成28年7月10日の富士山山開きに水垢離と護摩焚きを見てきました。

護摩焚き神事をご紹介します。


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大きな法螺貝の先導により入場


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矢を周囲に向けて放ちます。


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刀で


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長柄の斧で


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採火


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点火前に祭詞?を読む


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点火


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先が二又の棒を持ち火を抑える様な所作を行う。


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護摩木?を投げ入れる。


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英国大使が護摩木を火に投ずる。


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先が二又の棒を持ち火を抑える様な所作を行う。


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風が止まり、煙が柱となる。


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参列者が護摩木を火に投ずる。


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護摩木を火に投げ入れ、扇で仰ぐ。


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終了か


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護摩壇の火を見ていた山伏が礼を返す。

どうやらこれで終わった様なので、引き上げました。


富士根北中学校制作の「村山浅間神社ハンドブック」に説明があります。

==護摩焚きは何のために行うのか?==
護摩焚きを行う事で煩悩(心身を悩ませ苦しみを生む心の働き)や業を焼き払います。煙が供物を天上に運ぶということから天に対する感謝の意味もあるようです。そのため修行の最後に行う事が多いようです。(後略)





奇跡!! 煙の中に孫の顔が浮かんだ : へんぽらいの祭り談義

奇跡!! 煙の中に孫の顔が浮かんだ

平成28年7月10日、富士山山開きの日に村山浅間神社で行われる護摩焚きを見に行きました。
上昇する護摩焚きで立ち上る煙と風の加減によって煙は様々な姿を見せます。
円柱状に回転しながら昇る煙を何気なく撮影したのですが、じっくり見ていて気付きました。
何とそこにはまさに先日見たばかりの孫の姿が浮き上がっていたのです。


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初めは回転しながら上昇する煙の柱にネジバナの様な螺旋模様が見られるぐらいに思っていました。



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螺旋を描いて昇って行くこんな感じに思えました。


ところがよくよく螺旋の間を見てみると、そこに見えたのはつい先日見たばかりの孫の顔ではありませんか。


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嫁が里帰りする前に皆で会食し、家内がスマホで撮影したその時の顔です。
卵焼きのすしを手づかみで口に押し込んでいる姿が可愛らしく思えました。



この日スマホで護摩焚きの動画を撮影したものです。
瞬時に姿を変える煙は、狙ったところでそこに何かの形を見つける事は難しいものです。

たまたま捉えられた漠とした形が、私には先日見た孫の姿に見えたと言うだけの事なのでしょうが、それにしてもあまりにも似すぎています。

不思議でなりません。


富士山山開き : へんぽらいの祭り談義

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