へんぽらいの祭り談義

富士山とふるさと富士宮市の風景、祭り・催し、自然、生き物などをSNSなどネットに発信し、多くの写真で紹介しています。

随想

へんぽらいとは富士宮弁で変わり者のこと。ライフワークの祭りを通してふるさとの今を発信し続ける、心ある変わり者で有りたいと思います。
様々な祭りをご紹介するWEBサイトはこちらです。
http://maturi.info/

瑠璃唐草

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早春の野に見られるこの小さな花、和名を「オオイヌノフグリ」と言う。
漢字で書くと「大犬の陰嚢」。
Wikipediaによるとヨーロッパ原産の外来帰化植物なのだそうで、近縁に「イヌノフグリ」という植物があり、それは実が犬の陰嚢に似ているためにそう名付けられたとのこと。それに近縁の大型種と言うことで「オオイヌノフグリ」と命名されたが、こちらの実はさほど犬の陰嚢には似ていないという。
それならば、この名前で呼ぶのはあまりに不憫では無いだろうか。
別名が瑠璃唐草・天人唐草・星の瞳だそうなので、個人的にはそちらを使いたい。

「星の瞳」も素敵だけれど花の色がイメージされる「瑠璃唐草」が良いな。


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秋めいて

暑さも盛りを過ぎ、夜になれば虫の音が聞こえるようになりました。

空の雲も秋めいてきましたかね。

 

まだ霞みがちなので画像を処理して見やすくしています。

まだ暑いけれど空の雲には秋の兆しが感じられます。

 

富士宮市中央図書館駐車場から。2013.8.21

 

浅間大社祈祷殿前から

2013.8.21

 

浅間大社正面参道鏡池より本殿方向を見る。

2013.8.21

 

神田川より富士山を望む

空には秋の雲

2013.8.21

 

御手洗橋より富士山を望む

2013.8.21

 

ふれあい広場入り口より富士山を望む。

春には桜に囲まれる富士山が今は盛りを過ぎた青葉 に囲まれています。

秋になれば、富士山ももっとはっきり見えると思います。

2013.8.21

 

 

これは昨年9月10日に羽鮒山から見た富士山です。

この写真を撮っている時、登ってきた山歩き姿のご婦人が尋ねました。

「あの山は何という山ですか?」

とっさに何を聞いているのか理解できませんでしたが、それは紛れもなく富士山を指しての問いでした。

「富士山ですよ。」

そう答えたものの、山歩きをしようという人間が富士山を知らないとか見誤ると言うことが信じられませんでした。

 

雪の無い富士山は富士山に見えないのでしょうか。

 

 

 

吉兆か?

先日書いた黒猫のこと覚えているだろうか。

 

流星群を見に上井出の昴の丘に行ったとき、すぐ手前の路上で逃げもせずに道路に座ってこちらをずっと見ていた黒猫のことだ。

目の前で車が止まるとしばらくこちらを見ていたが、

やがて左手に消えていった。

何かのしるしなのか?

それが何なのか悩んでいたが、吉兆ととらえtotoを買ってみた。

 

本日届いたメールに「toto当せんのお知らせ」というのがあり、ドキドキして口座を確認すると、購入額より少しだけ高額の当選金が振り込まれていた。とは言っても以前の当選が購入額割れだったことを思えば上々のできか。

 

 

 

 

 

これは20日に出会った蛇だ。

どうやらアオダイショウのようだが、図書館近くの歩道を横切りほぼ垂直な石垣を登って柵の向こうに姿を消した。

 

手も足も無い蛇が、石垣のわずかな出っ張りを足がかりに登りきるとは、正直蛇の能力には驚かされた。

 

さて、これをどう見るかだ。

蛇は水と縁があり、湧玉池を泳ぐ姿を見たこともある。

水辺の祠の礎石にはよく蛇の姿も見かけた。

一方、蛇の抜け殻を財布に入れるなど、蛇と金運を結びつける話も多い。

 

翌21日には晴れ続きで乾ききった所に雨が降った。

今日も午後雨が降った。明日にかけても雨が予報されている。

蛇は雨の前兆だったのか?

 

前の週の黒猫に続いてこれは吉兆に違いないと勝手に解釈し、もう一度totoに聞いてみることにした。

 

 

 

 

黒猫

何だったんだろう、あれは。

 

流星群を見に出かけた夜のことだ。目的地の手前で、路上に光る2つの黄色い光を見た。何か動物の目だ。

近寄れば姿が判るかと思ったが、なかなか姿が見えない。 減速しながら近づくとやっと姿が見えた。黒猫だ。

それが車が近寄っても逃げるでも無く、ちょこんと座ったまま寸前に止まった車をじっと見ている。 「どいてくれないかなぁ。」と思っていたら、数秒して道の端にゆっくりと姿を消した。

 

そのまま走っていたら、危険を感じて逃げたのだろうか。 でもあのまま逃げなかったら、どうなったのだろうか。

 

黒猫だけに、なにかの暗示、知らせなのではないかと頭を悩ませている。

 

 

 

折り返し

夏の終わり、秋の始まりを感じるのは旧盆をひかえたこの時期です。

 

晩秋にすべての枝を切り落とした酔芙蓉が、再び枝を伸ばして花をつけるのがこの頃。

 

酔芙蓉と同じ頃熟し始めるのが庭のイチジク。

昨年虫の害で穴だらけになった幹を伐採したので、今年は遅れているみたいです。

 

 

蝉の声はまだまだ朝から賑やかだけれど、短い生を終えた蝉の姿もあちこちに見られます。

 

そろそろ生の落花生が八百屋に並ぶ頃でしょうか。

 

子供の頃、涼風が立ち始めるとあんなに暑くて嫌だった夏が恋しく思えたものです。夏休みが残り少ない。それが一番悲しかったのかも。

猫の輪くぐり

この扇風機のメーカーには叱られそうですが、この形を見た時からどうしても猫にくぐらせたくて試してみました。
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案外あっさりと跳んで見せましたが、残念ながら後ろ向き。 ハイスピード動画でも撮ってみましたが、出来ればこちら向きを撮りたいものです。
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それでようやく撮れたのがこれ。 タイミング的にどうしても遅れてしまいます。
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息子に手伝ってもらって、ようやく撮れたのがこれ。 ピントもブレもすっきりと決めたい所ですが、贅沢は言いますまい。 うちの猫ながら、なかなか良い子に見えます。

祭りが終わるとき

祭りは終わらなければならない。

また新たな気持ちで始めるために。

 

目抜き通りでの引き回しを終え、町内に帰る山車。 

 

 

それぞれの胸に去来するのは寂しさか。

 

 

さっきまで目抜き通りで、祭り囃子も賑やかに引き回していた。

 

いよいよ終わる祭り。

胸に去来する思いもさまざまでしょう。

 

次の祭りを新たな気持ちで始めるために、きっちりと締めくくること。

大事だけれど、これがじつに難しい。

温めている創作のテーマです。 

孤独な者の出会い

常温で卵を産みよく増えるメダカですから、親を全て移し空になった容器内に卵が残り、知らぬ間に孵化してそれが成長していることは特に珍しいことでもありません。

しかし孵った時から仲間も無く、餌を与えられることも無く、苔や藻や微生物を食べて育った稚魚というと、その孤独と苦難は相当なものと言えるでしょう。

 

・上がひとりぼっちのメダカ、下が隔離したメダカです。

 

仲間のメダカを自分と同じ生き物と認識できるのか、与えられた餌を餌と認識できるのか、そんなことからさまざまな生存競争に耐えられるのかという心配がつきまといます。

 

でもゆくゆくは他のメダカと群れをなしひるむことなくたくましく生き抜いて欲しいと、他の1匹のメダカと同居することから始めて見ました。

 

同居させるメダカです。

暖かくなりメダカの産卵孵化が始まりました。一足早く生まれたこの稚魚は他の稚魚より2回りほど大きく、他の稚魚にとっての脅威となることから別容器に移されていました。他の稚魚といる時には活発に動き、餌を独り占めする勢いだったこのメダカも、容器を独り占めして争う相手も無い状態では同じ場所にただじっとしているばかりでした。

 

一夜明けて覗いた所、二匹は幸い喧嘩もせず寄り添うようにじっとしていました。餌を与えると隔離メダカは食べ始めましたが、ひとりぼっちメダカはごく小さな粉餌をほんの少し口にしたぐらい。どうやら食が細いようです。
刺激が無いためか、どちらも動作は緩慢です。
稚魚たちの中から成長の速い物をこちらに合流させる予定ですが、刺激になるか脅威になるか様子を見ながら進めたいと思います。

 

 

猫にダイソン(羽根無し扇風機)

羽根無し扇風機の丸い輪っかは猫も飼い主も気になる所。

いつかやるんじゃ無いかと思ったら、さっそくやりました。

コンパクトデジカムのハイスピードモードビデオ撮影機能が、猫のすばやい動きをとらえてくれました。感度的に暗くなりましたが。
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最初はちらっと見たぐらい。
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あまり気にかけてはいない様子でした。
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でもここは遊び場兼昼寝場
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ちょっと興味を示したかな
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やりました、初ジャンプ。
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次はこちら向きで跳ぶんだぞ。

遠音 ー 祭りが終わる時 その5 後始末

香代が訊いた。

 

「笑ったの?」

 

「ああ、不敵にニヤッと笑った。」

 

「そんなつもりはなかったが、そう見えたか。

 

びびっては居なかったが。そんな余裕があったのかな。」

 

「下駄を手に履いたのはなんで?」

 

「そうそうあそこはとうとう始まるかと思い、思わず奈津子を交番に走らせるとこだった。

 

喧嘩慣れした無頼漢に見えたぞ。」

 

「あれは、逃げ支度」

 

ビールをグイッと開けて

 

「あんな丸太ん棒まともに受けたら骨を折っちまう。

いくら逃げ足が速くても下駄ではさすがに勝手が悪いものさ。」

 

「ほんとかな?

照れてごまかしちゃダメだよ。」

 

「ホントはカウンター入れるのに拳固じゃ手が痛いからさ。」

 

そう言って楽しそうに笑った。

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てっちゃんがしばらく富士宮で暮らす事にしたのは、遙か昔の出来事にけじめをつけようと思ったから。

 

そう決めたのは御手洗橋を引き上げ、猫目家で語り明かした時の事だ。

 

「俺たちが祭りをやっていたあの頃は、たちの悪いただ酒目当ての荒くれ者が幅をきかせていて、そんな無頼を気取る者たちの溜まり場だったよなぁ。」

 

それを嫌って青年に入る物も無くなり、囃子が好きな物ぐらいしか残らなかった。そんな中で囃子方が比較的まともだったのは、囃子を教えていた親父が厳しかったからなんだろう。そんな無頼どもが酔いしれての乱暴狼藉が祭りのたびに繰り返され、そのたびに町内の反発も高まる。

反発が年々拡大していたところに流血のあの喧嘩騒ぎがおこった。

 

通りかかった他所の町内の青年と些細な事から口論に成り、悪たれどもが梃子棒振りかざして殴りかかった。

 

「それをてっちゃんが止めようとして梃子棒がそれ、看板をたたき落とした。その看板で俺の額が割れたんだ。」

 

「血だらけで気丈に止めようとしているまあちゃんを見て、悪たれどもも戦意喪失しその場は治まったんだが、」

 

「今度は常日頃から無頼どもを快く思わない人たちが騒ぎ出した。

 

区長だった親父が懸命に説得して回ったが、もう治まらなかったんだ。

 

突きつけられたのが、無頼の追放と祭りの休止。断腸の思いでそれを飲んだ。実際は無頼追放で人手が足りなくなって、休止せざるを得なかったんだがな。これで途切れたら祭りは出来なくなる。親父はそう思っていたんだろう。」

 

たしかに5年間の休止は致命的で、無頼はもちろんまともな青年達もあらかた出て行ってしまった。

 

「腹立たしいのはお袋さんが亡くなっててっちゃんが出て行ったのを良い事に、悪たれどもはもめたのをてっちゃんの所為にしてたんだ。」

 

「俺も祭り衰退の元凶って事か。」

 

「違うさ。あれは巻き添えと誤解だったじゃないか。」

 

「そうは言っても、その誤解を解かないまま郷里を後にしたから、今の青年の足を引っ張っているには違いないな。」

 

「その後、親父は気を取り直して子供達に囃子を教え、浅間大社への宮参りだけから始めた。」

 

子供が囃子をやれば、親は山車に乗せてやりたいもの。子供なら酒飲んで暴れる事も無いから、反対する理由も無くなり、それでも機が熟するのにはあと5年かかった。

 

新生の青年団に新たな若い者が加わったけれど、つきまとうのは昔の悪たれどもの所行。

 

「再開した当初は、酒も飲めないまじめな青年長が寄付集めでさんざん嫌みを言われて、かなり落ち込んでいたよ。」

 

中身がまるっきり変わったと言っても、10年、20年前の悪行は容易には印象からぬぐい去れないって事のようで、囃子の子供が青年に育ちようやく何とか形が出来てきたところで、祭りに対する偏見もやっと解けたようだ。

 

「気になるのは、親父が死んでから悪たれの生き残りが最近出入りするようになって、言いたい放題で若い者をあおり立てている事だ。武勇伝ばかり吹き込むので、復興の苦労を知らぬ若者達は染まりかねないんだ。」

 

「けん坊はどうなんだ?」

 

「あいつにはよく言い聞かせてあるからだいじょうぶだが、年寄りと喧嘩するわけにも行かず閉口しているらしい。」

 

せっかくいい形になったのに無頼ごっこに憧れるようになったら、それじゃ逆戻りじゃ無いか。今の若いもんに祭りを重荷として残すわけには行かない。

 

「後始末をしなければならないな・・・。」

 

 


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